【2009年10月24日】
連日の即売展。今日は西部会館の好書会。
陳列というよりは、ぶちまけたというような、車庫一面の書物の散りぢりを、蟹歩きや蛙飛びを駆使しながら一巡。
靴を脱ぎ、鞄を預け、室内の会場へ。
小一時間ほど経ったころ、ふと周りを見ると若い女性の姿が目立つ。即売展でもそんなことがあるのかなと思っていると、どうやら大学生が連れ立っての古書探訪のようであった。ぞろぞろと団体で行動することもなく、適度に分散して、各々の歩調で本棚に向き合っている。余計なおしゃべりもほとんどない。立派である。
まるで先輩面して偉そうに寸評しているが、何かというとすぐにあたふたする私などよりは、よほど古書の扱いに精通しているのではないかと思う。もちろん読書の質は私より遙かに高等だろう。
ちらりと見ると、4冊5冊と抱えたなかには、いかにも学術書らしい重厚な書物も見受けられ、あるいはまた、友人に近寄っては函入りの『聊斎志異』の発見を嬉々として報告している。
会場内に古書の匂いと香水の芳香との混合……塩辛とアイスクリームを一緒に食べるようなものだろうか。いずれにしても、くすんだ世界がパッと華やぐのはよいことだ。脂ぎった指先に撫でまわされるばかりでは書物も気の毒だ。さっきから私は本棚ではなく彼女たちばかりを見ているのではないか?
歴戦の勇士たち(常連客)はと言えば、脇目も振らず己の漁書に没頭している。青二才(私)はすぐによそ見する。
下村海南『鯖を読む話』は、このあいだ神保町の即売展でも見かけていた。あのときも今日も、売値は300円。どこにでもある1冊なのかもしれない。今日は少し離れた棚に、同じ海南の『蘇鉄』という歌集を見つけた。判型は文庫判で、54頁の小冊子。
表紙に2匹、裏表紙に1匹、中川一政画伯が、太い線でとんぼを描いている。終戦から3か月後の11月に「新日本歌集」の1冊として刊行されたようだ。この薄い叢書にはしかし、斎藤茂吉、釈迢空、佐佐木信綱といった大家も名を連ねている。下村海南とはいかなる人物か、ちっとも知らないけれど、まあ買ってみるか。
古書会館をあとにして、高円寺ガード下に寄道。球陽書房はお休みで、都丸支店の店頭均一棚へ。
おや、すると先程の好書会で見かけた大学生の御一行の姿がある。
すでにひととおり見終わったのか、そのなかの二人は棚に背を向けて、なにやら社会主義と共産主義についての議論に夢中だ。そんな難しい話のそばから、カラーブックス『金魚』に手を伸ばすのはちょっと恥ずかしかった。
ネルケンで珈琲。トロイメライと古本の夕まぐれ。外に出ると雨が降り始めていた。しかし中央線に乗って、電車の窓からささま書店が見えれば、やはり下車してしまう。店頭の棚は濡れないように引っ込めてあって少し窮屈だったが、雨降りでも販売しているのはうれしい。
おや! 向こうから三たび現われたのは好書会の御一行。
西部会館、都丸支店、ささま書店。古書の通い路、いっぽんみち。と言ったところだろうか。
今までは気がつかなかったけれど、御一行のなかの二人は留学生のようだ。中国語(たぶん)で会話をしている。ああそれで、『聊斎志異』を見つけてよろこんでいたのかもしれない。
さっきのガード下での議論の続きなのか、こんどは民衆運動とか裁判とか、持論を熱弁。古本屋では少しお静かに、と思わぬでもないけれど、迸るように、ところかまわず論じてしまうときは誰にでもあるだろう。
それにしても、数時間のあいだに3回も出くわしたのであれば、こうして私が記述せずにはいられないように、彼女たちは彼女たちで、あのあと私のことを妙につきまとう怪しい影として囁き合っていたのかどうか。
2019年10月24日 今日の1冊
*都丸書店支店/高円寺
『金魚』松井佳一(カラーブックス/1963)100円
(『金魚』はどこかに埋もれてしまいました)
【2022年11月追記】
当時、高円寺ガード下入口に「球陽書房本店」、ガード下には「都丸書店本店」「都丸書店支店」「球陽書房分店」と、4軒の古本屋がありました。
その後、球陽書房は、本店、分店ともに閉店(時期不詳)。
都丸支店は、2014年から「藍書店」と屋号を変えて営業を続けていましたが、2018年11月に荻窪へ移転。
最後に残った都丸本店も2020年にお店を閉じて、ガード下から古本屋さんは無くなってしまいました。
西部古書会館、都丸書店支店、ささま書店。
これらは3軒ひと組とでも言えばよいのか、もう順路みたいなものでした。
古書会館で見かけた人を、都丸支店で見かけ、ささま書店でも見かける。この日以降も、たびたび経験しています。
都丸支店の外壁一面の100円均一棚、ささま書店の100円均一棚。
この2つの均一棚が人気の的でした。