【2009年12月1日/2022年11月追記】八王子古本散歩、まつおか書房で獅子文六

【2009年12月1日】
3か月ぶりに八王子の古本屋を巡回。
まつおか書房の店頭で獅子文六『コーヒーと恋愛(可否道)』角川文庫、100円。たしか高校を卒業したばかりの頃だったか、友人のあいだでにわかに珈琲がはやりだして、ブラジルだのコロンビアだのモカ・マタリだの、熱くて黒い飲み物にいくらかは酔い心地になりながら、一丁前になったつもりで珈琲論など盛んに述べ合ったものだった。或る日、こんな本を見つけたよ、と言ってその友人のひとりT君が見せてくれたのが『コーヒーと恋愛』だったっけなあ。
なんとなく俗っぽいような小説に思えて、獅子文六の名前すら知らないくせに生意気な若造(私)は、ふうん、と鼻先であしらって見せたのではなかったろうか。あれから20余年の歳月が流れて、まあそう気取るなと、やがては自分でも買うんだからと、当時の私に言ってやりたい気持ちもあるが、言ったところでやっぱり、ふうん、とあしらわれてしまうのかもしれない。

店内では、床に置いた籠の中に、和綴じの将棋書が詰まっていた。いずれも大正から昭和初期にかけての発行。将棋と言っても、私はせいぜい駒の動かし方くらいしか知らないのだが、100円均一ということであれば、ちょっと手を出してみたくなった。詰将棋の傑作集が面白そうで、とは言えこれも、3手詰めが限界だが、将棋新報社編『名人大家詰将棋妙手選』を買ってみることにする。611手詰めなんていう途方もない詰将棋をいったい誰が解くのだろう。

まつおか書房は道をはさんでふたつの店舗に分かれている。ひとつは、漫画、一般書、エロ。もうひとつは文庫専門。道と言っても細い路地なので、道の両側に古本屋があるというよりは、古本屋の中を道が通り抜けるといった風情である。
文庫専門店のほうは、岩波、中公、講談社学術など、壁一面にそびえていて壮観。しかし値段もそれなりに相応だ。棚の隅から山本さむ『痴態覗き悦楽記』(河出文庫)を引っ張り出して300円で買う。

続いて佐藤書房では『21世紀潜水艦』F・ハーバート(ハヤカワ・ファンタジイ)105円、『うちの宿六』福島慶子(中公文庫)294円、『紅茶と葉巻』牧逸馬(現代ユウモア全集刊行会)315円、平野威馬雄『おとなを寝かせるお伽噺』(あまとりあ社)315円など。
雑本派の拠り所、佐藤書房は今日も愉しい。

2009年12月1日 今日の1冊
*まつおか書房/八王子
『コーヒーと恋愛(可否道)』獅子文六(角川文庫/1969)100円

獅子文六「コーヒーと恋愛」表紙

【2022年11月追記】
2013年頃から獅子文六ししぶんろくの作品が、ちくま文庫に続々と収録されています。
『コーヒーと恋愛』を皮切りに『娘と私』『てんやわんや』『七時間半』『悦ちゃん』『バナナ』『胡椒息子』『青春怪談』『箱根山』『やっさもっさ』などなど。
異変と言っては文六先生に失礼ですが、いちどは忘れ去られたかに見えた作品が、時を経て、このように次々と「新刊」としてよみがえるのは、何とも喜ばしいかぎりです。
ちくま文庫はずいぶん心憎いことをしてくれます。
と、言いながら。じつは文六先生の小説を私は読んだことがありません。『コーヒーと恋愛』も、買うだけ買って、結局はそのままです。読者としては失格ですね。
『食味歳時記』(中公文庫)や『飲み・食い・書く』正・続(角川文庫)など食べもの随筆は愛読したのですが……。
獅子文六は、本名「岩田豊雄」名義では劇作家や演出家としても活躍しています。
文豪(ぶんごう=文五)のひとつ上を行くから文六というペンネームをつけたというエピソードを、何かで読んだような覚えがあるのですが、何で読んだのか思い出せません。
いかにもユーモア作家らしい、頓智の効いたペンネームというところですけれど、もしかしたら記憶違いかもしれず、この由来の真偽のほどはあやふやです。済みません!

八王子のまつおか書房は、路地をはさんで1号店と2号店が向かい合っていました。さらに少し離れた場所に、倉庫を開放したような3号店もありました。
その後、3店舗とも閉店してしまいましたが、場所を京王八王子駅の近くに移して新店舗を開店。現在も営業しています。