【2009年12月11日/2022年11月追記】書窓展で『悪戯旅行』を買い逃す

【2009年12月11日】
松濤美術館の村山槐多展へ。
朝9時からの開館かと思って出かけてきてみたら、冬期は10時からだった。仕方なく、入口脇の灰皿で煙草をふかしながらぼんやり待つ。強まりも弱まりもせず、雨が中庸に降る。
美術館の一番乗りはなかなかの快挙のはずだったのだが、二本目の煙草を吸っているあいだに一人、また一人とお客さんが現われて、ほどなく開いた扉の中へと。それで遅れをとって、入館一番乗りならず。大事はともかく小事においても「一番」とは無縁のこの人生だ。

  絶えずうずめき鳴りきしめく
  柱に、天井に、床に、それぞれ楽器が埋めてある
  絶えないオルケストーラ
  耳をすまして御覧なされ

展示室の円柱に掲げてあった槐多の詩に一撃を喰らい、美術館を出て、渋谷駅に向かって歩くあいだも「オルケストーラ」は耳鳴りのように残響するのであった。

半蔵門線に乗って神保町。東京古書会館の書窓展へ。
また奥野他見男を見つける。今日は『あの山恋し海恋し』(東文堂)500円。それから、小さな汚れた本を手にとってみたら『悪戯旅行』という題名だった。大正時代の本、聞いたことのない著者、800円。よく判らないから一旦は元に戻したのだけれど、しばらく他の棚を歩いているうちに、「悪戯」の二文字がちらちらと頭の中で点滅する。やっぱり欲しくなってさっきの場所に戻ったら、もう無かった。ひょっとして別の所に紛れこんだのかもしれない、もしくはいちどは手にとった誰かがやっぱり買うのをやめて戻してくれるかもしれない。未練がましく二度、三度、そのあたりに舞い戻ってはきょろきょろと探してみる。見当たらない。無いと判ると『悪戯旅行』は物凄く面白そうな本に思えてきた。
会計直前にもういちど寄ってみると、古本の神様もさすがに憐れんでくれたのか、今までまったく眼に入っていなかった『寝台車千夜一夜』がそこに出現して、『悪戯旅行』のがっかりはいくらか解消された。

小宮山書店のガレージセールをひとまわりしたあとは、ミロンガで珈琲を飲みながら書窓展会場でもらった今回の目録をめくる。
500円で買った『あの山恋し海恋し』が目録にも載っていた。5500円の値が付いている。さっきの500円の本には「かわほり堂」の値札が貼ってあったのだが、目録に5500円の本を出品しているのもかわほり堂だ。同じお店ということは、同じ御主人が値段をつけているのだろう。目録には「函」の表示があるが、私が買ったほうは函ナシで背表紙は破れていて補修の跡もある。
本の状態に大差があるということなのだろうけれど、同じ日に同じお店で5000円も違うことがあるのだな。愉快だなあ。

2009年12月11日 今日の(慰めの)1冊
*書窓展/東京古書会館
『寝台車千夜一夜』中島幸三郎(交通日本社/1964)800円

中島幸三郎「寝台車千夜一夜」表紙

【2022年11月追記】
『悪戯旅行』、見事に買い逃しました。
とりあえずは保留にしておいて、いよいよ欲しくなったらあとで取りに来ればよいだろうと思っていると、次に来たときにはもうどこにも見当たらない。初心者が犯しやすいミスの典型と言えそうです。
即売展の会場では、少しでも気になった本はまず手許に確保しておくべきなのでしょう。
会計の直前に改めて吟味して、それで要らないとなれば元の場所に戻せばよい。そうすれば買い逃すということはありません。
それはたしかにそうなのですけれど……、買うのか買わないのか決まっていない本を持って歩くというのも、気分がすっきりしないところはありますね。購入が確定しない本を何冊も抱えて歩くのは億劫です。
今になっても、いちどは手にとりながら棚に戻してしまうということはよくあります。
即売展に通い続けてみると、それで結構、誰も手をつけないということがあるものですから、そうやって油断しているうちにまた買い逃す。永遠の初心者はいつまで経っても同じことを繰り返します。
『悪戯旅行』は、この日からおよそ7年後の2016年9月、東京古書会館の趣味展で手に入れました。