【2010年11月12日/2023年2月追記】三鷹の古書上々堂など

【2010年11月12日】
所用を済ませ、午後4時過ぎ、三鷹の下連雀の八幡神社。
神社の境内で御手洗いを拝借して、それから駅南口から続いている商店街へと歩を進めれば、古書上々堂が見えてくる。
意外にも、三鷹の町で古本屋に入るのはこれが初めてなのだった。
入口の戸は開け放しだが、店内に入ると、焦茶色に塗られた大きな本棚が異界を区切り、夕暮れの街頭のざわめきはふうっと遠ざかる。
安定のよい、どっしりとした木製の本棚、こんな本棚に心置きなく蔵書を並べてみたい。
千葉亀雄……最近この名前をどこかで見かけている、思い出せない(またか)……『ペン縦横』2500円や、長谷川堯『神殿か獄舎か』3000円を手にとり、また戻し、三木鶏郎『続冗談十年』(駿河台書房)1500円を購入する。50円の買物券をもらう。

上々堂の数軒隣りにはもう1軒、時代屋という古本屋があった。
店頭の百円均一棚を眺めていると、母親と制服姿の娘さんとが、
「これうちが売った本じゃない?」
「アラ、ほんとう」
と、角川ホラー文庫のあたりを指差していたのだが、この母娘はその後も店内を隈なく物色しており、売ったり買ったり、古本屋を上手に活用している様子であった。
店内の本はマンガが中心。店頭の均一棚から手にとった『放課後のギャング団』クリス・ファーマン(ハヤカワ文庫)を購入する。

商店街を駅に向かうと、さらに〈貸本/売本〉の看板を掲げたネオ書房。
扱っている本はほとんどが最近の本で、本棚の印象はツルッとしているのだが、木枠のガラス戸など、建物は相当に古色であった。

三木鶏郎「続冗談十年」表紙
『続冗談十年』三木鶏郎(駿河台書房/昭和29)

【2023年2月追記】
「古書上々堂」は現在も営業しています。しゃんしゃんどう、と読みます。
古本屋さんはどこでもそうですけれど、店内に入ると、お店の外とは時間の流れる流れ方が違っていると感じます。
何となく緩んでいて、ほどけかかっていて、過去に向かって時が進んでいるようでもあります。
並んでいるのは古い本ばかりですから、古い時間に包み込まれるのは、むしろ当然なのかもしれません。
本棚の佇まいや照明の加減も相俟って、上々堂ではより濃厚に、時間の変調が感覚されます。
上々堂の店内に柱時計はありませんが、たしか無かったはずですけれど、標準時などお構いなしに、あらぬ間合いで、柱時計がボーン、ボーンと時を告げそうです。
  ◇
「時代屋」と「ネオ書房」はすでに閉店しています。
いつ頃の閉店だったのか、しばらく後に通りかかったときには、どちらのお店も無くなっていました。
時代屋は、マンガを中心とした、いわゆる新古書店。時代屋という店名を他で聞いたことはありませんが、独立したお店だったのかチェーン店だったのか、詳しいところは不明です。
ネオ書房はチェーン店の貸本屋。一時期は東京近辺にも多くの支店があったようですが、貸本業の衰退により、現存するお店はないようです。
最後まで残っていたのが阿佐ヶ谷のネオ書房ということになるのでしょうか。
貸本屋から古本屋へと業態を変えて営業を続けていましたが、2019年3月に閉店となりました。
しかしその5か月後、店舗と屋号をそっくりそのまま受け継いで、評論家の切通理作氏が古本屋を開業するという快事が起こりました。
阿佐ヶ谷の新生「ネオ書房」は現在も営業しています。
それにしても三鷹のネオ書房、当時でも昔ながらの貸本屋は貴重な存在だったはずですが、ずいぶん素っ気ない探訪に終わっています。
〈売本〉も行なっていたのだから、もっときちんと棚を見て、何か1冊買っておけばよかったと、反省せずにはいられません。
  ◇
時代屋とネオ書房、2軒の本屋さんは無くなってしまいましたが、三鷹駅南口からまっすぐ延びる中央通りには、現在5軒の本屋さんが点在しています。
まず駅南口から直結する三鷹コラルの3階に新刊の「啓文堂書店三鷹店」。
200mほど進めば、絵本と児童書の古本屋さん「プーの森」。
そこから300mほどのビルの2階に、絵本を中心とした新刊・古書の「よもぎBOOKS」。
さらに200mで「古書上々堂」。
そして2022年9月、上々堂の少し先にブックカフェ「UNITE(ユニテ)」が誕生しました。
約1kmの商店街の左右に、それぞれ趣きの異なる5軒の本屋さん。
三鷹中央通りは、三鷹本屋通りと呼べそうです。
終わる本屋があり、始まる本屋があります。
  ◇
なお、下連雀の八幡神社の隣りには、太宰治の墓所として有名な禅林寺があります。
八幡神社が接するバス通りを南進すれば、三鷹図書館の先に古本カフェ「フォスフォレッセンス」。
太宰治の愛読者なら知らない人はいない古本屋さんでしょう。