【2010年6月25日】
神保町(東京古書会館)と高円寺(西部古書会館)と五反田(南部古書会館)。この三地点を直線で結ぶと、それは地上でいちばん美しい三角形だ。
今週はこの黄金三角形のそれぞれの頂点で即売展が開催される。
まずは五反田の南部古書会館。五反田古書展。
1階のガレージ会場は、1969年春『岩波新書解説目録』100円が最初の1冊。
『オリュンポスの雪』呉茂一(弘文堂書房)200円、『紙』(岩波写真文庫)200円、『北方動物記』更科源蔵(北海道ライブラリー)200円、『随筆あほかいな』大石ヨシエ(鱒書房)200円、『馬のノート』小津茂郎(朝日文化手帖)300円、『酔眼竹生島』田辺茂一(創元社)300円と、好ましい発見が連発する。
2階では『あべこべの日』ハンス・ファラダ(ハヤカワ文庫)200円、『おんな・こよみ』武野藤介(美和書院)200円、『昭和ながれ唄』滝田ゆう(旺文社文庫)200円、『場末風流』小島政二郎(旺文社文庫)300円。1階と同様に廉価本を慎ましく選んでいると、天誠書林の棚に、中村武志『埋草随筆』だ。
1週間前、中野ブロードウェイのまんだらけで売っていたのを、2100円という値段に押し返されて見送ったばかり。
そもそもは大屋幸世『蒐書日誌』を拾い読みしていて『埋草随筆』が珍しい本だということを知り、その在庫に見覚えのあったまんだらけへと参上したわけなのだが、家に戻って『蒐書日誌』をもういちどよく読んだら、『埋草随筆』は、のちに『沢庵のしっぽ』と改題されて出版されたと書いてあった。
『沢庵のしっぽ』ならもう持っている。そうだったのか。題名の相違だけで中身が同じならば両方は要らない。
最後まできちんと読まずにいい加減に流し読みするから、早とちりをして中野ブロードウェイでうろうろする羽目にもなるのであるが、とにかく、結果的には2100円という売値が吉と出た。無駄な買物をせずに済んだ。
……と、この小さな書物については解決済みだったから、軽い気持で、値段を確かめるつもりで手にとる。
すると意外な紙片がページのあいだに挟まっていた。〈急行きりしま号列車食堂御案内〉である。
文庫本よりひとまわりほど小さい寸法で、三つ折りの、簡素な印刷物だ。表面には石廊崎の観光写真、裏面には「きりしま号うんぜん号」の列車時刻表。紙を広げると、日本食堂の献立表が、定食、一品料理、飲物、と三面に分けて刷ってある。昭和29年2月発行、製作は銀座の折込広告社。
昔は列車ごとにこういう御案内があり、乗客に配られていたという話は『食堂車の明治・大正・昭和』などの本で読んだ覚えがあるが、実物を見るのはもちろん初めてだ。
珍しいということでは、ひょっとすると『埋草随筆』よりも、この〈列車食堂御案内〉のほうが珍品なのではないだろうか。
ところで『埋草随筆』の値段はと言えば、1000円。まんだらけの半額だから買い得ではあるのだが、いちど片付いたはずの本に、改めて1000円を出費するというのは、なかなか勇気がいる。
しかし〈御案内〉を含めての1000円なら決して高くはないだろう。
ほんとうは〈御案内〉だけ欲しい。その〈御案内〉だけ抜き取って手に持っている『昭和ながれ唄』の中に挟んじまえば0円じゃないか。そんな悪魔のささやきも聞こえてくるのだが……。ここは甘美な誘惑を振り切って、きっと『埋草随筆』とはこういう縁があったのだと思い直し、購入した。
後半は神保町。
田村書店の100円均一段ボール箱を掻きまわして『スパルタとアテネ』太田秀通(岩波新書)と『東京文学散歩山の手篇』野田宇太郎監修(角川写真文庫)。
それから東京古書会館の書窓展へ。
『サッポロ』1976・5/サッポロビール100年記念号(北海社)100円。『剃刀日記』石川桂郎(目黒書店)200円。『愛と性の占い』哲眼子(ナイトブックス)100円。
あきつ書店の棚に岩佐東一郎『青年のための詩と詩論』を見かけるが3800円ではしょうがない。
安物の蒐書に務めることにして、函の無い詩集『青春詩集』佐伯孝夫(宝文館/大阪宝文館)500円、表紙の破れた十銭文庫『日本画の描き方』小室翠雲(誠文堂十銭文庫)200円、台の下の暗がりから北尾鐐之助『びわ湖風土』(宝書房)200円。仕上げに『恋愛モダン語隠語辞典』塩田まさる(堀江書房)500円。
小宮山書店ガレージで『辞書の話』加藤康司(中公新書)と『山賊のむすめローニャ』リンドグレーン(岩波少年文庫)、100円を2冊買ってから、ミロンガで珈琲を飲む。
最後に小村雪岱『日本橋檜物町』を買って帰ろうと思い、村山書店の店頭へ行く。平凡社ライブラリーが数十冊並んだなかに、先週あたりからつい先程まで、それはあったのだが、珈琲を飲んで一服しているあいだに売れていた。
昨年、南部古書会館の1階に中公文庫版が200円で出ていたのだが、200円で買えるならあわてることはないかと、素人代表のような油断をした。それが祟ってか、以来『日本橋檜物町』とは縁がない。
なんとなく間が抜けてしまったので、何か、その隙間を埋めてから帰りたい。
古書店街の店頭をなおさまよい、西の端に近い小川図書の店頭より『岩波新書解説目録』1977年版を買う。100円。
今日は最初と最後が『岩波新書解説目録』だ。たまたまそうなっただけなんだけれども、あらかじめそう決められていたのじゃないかと思うような、妙な連鎖を見せながら古本が現われることは時々ある。
2010年6月25日 今日の1冊
*五反田古書展/南部古書会館
『埋草随筆』中村武志(静和堂/昭和26)1000円
【2023年1月追記】
東京、西部、南部。1年に何回か、3つの古書会館で同時に即売展が開かれる週末があります。
(2023年の上半期で言いますと、3月第4週、4月第4週、5月第4週)
東京と南部は金曜土曜、西部は土曜日曜の開催です。
体力勝負になりそうですが、土曜日ならば、1日にすべての会場を訪れることができます。
それら3地点を結んだ三角形がほんとうに地上でいちばん美しい三角形なのかどうかは、意見が分かれるところでありましょう。個人の見解ということで何卒ご了承ください。
なお、東京古書会館の所在地は、正しくは小川町なのですが、どうしても「神保町の古書会館」と言いたくなってしまいます。
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1週間前の日記【2010年6月18日】の追記欄で、小川図書で本を買ったのはこの日が最初で最後だったかもしれないと記したのですが、1週間後にも買っていました。