【2012年3月24日】
西部古書会館、中央線古書展。小雨。
ルイス・キャロルことドジソン氏とコナン・ドイルとが推理を競うというミステリー『マーベリー嬢失踪事件』ロバータ・ロゴウ(扶桑社ミステリー/1999)200円。その文庫本を片手に持ったきりなかなか次の1冊が現われない。
年配のお客さんが書棚に向かって「チクショー!」と嘆いておられたのは何がチクショーなのか気になるところだが、つづけて「サ、もう帰ろう」とつぶやきながら、なお帰る様子がありません。
平山三郎『詩琴酒の人』(小澤書店/昭和54)が目に付いて、おやッと思う。昨日と今日と、平山氏が百鬼園先生を綴った文集がつながった。
東西線と有楽町線を乗り継いで、一路月島へ。
高齢者介護施設相生の里で開催中の、あいおい古本まつり(第3回)。
会場へ向かう路上で、一人の御仁とすれちがう。傘の陰で顔は見えなかったが、すれちがって、なんとなく振り返ると、向こうも同じようにこちらを振り返っている。気まずくて急いで向き直ったから顔は判らずじまいだったけれど、氏はきっと、あいおい古本まつりの帰りで、きっと朝方は西部古書会館を訪れていたに違いない。互いに、どうしようもなく古本の匂いを発散しているということなのか、その匂いにはもうやむにやまれず身体が反応してしまうということなのか。
あいおい古本まつり。服部亮英『似顔絵雲水』(日本社/昭和2)、裸本で3000円。煩悶を催す価格だが、現物はもちろん目録でも見かけたことのなかった書目であるし、とやかく言わずに頑張って買う。出品元は早稲田の古書現世。
運河に面した外庭の、かろうじて雨がしのげる軒下にも、ひっそりと書架が張りついている。その棚から、駿河台書房版の現代ユーモア文学全集、第4巻の『摂津茂和集』(昭和28)と第18巻『南達彦集』(昭和29)――ひょっとするとこれらは、先月の新宿展で散々撫でまわした揚句に、もう持っているような気がして手放してしまった奴ではないだろうか。
本体の裏表紙をめくるとやっぱり、青聲社の値札が貼ってある。ただ先月と少し違うのは、両冊とも400円の表示が黒く消されて、半額の200円に値下げされている。無事の再会を愛でつつ、ついでにちょっと儲けたような、お店にとっては減収だからいくらかは後ろめたいような収穫だった。
つづいて神保町へ赴き、連日の趣味展。
昨日、購入を見送り、家に帰ったあとになって無性に欲しくなってしまった『茨城の鉱泉めぐり』なのだが、会場に入って浅草御蔵前書房の棚に急行すると……無かった。
扶桑書房の棚を眺め、もういちど浅草御蔵前書房に戻り、なおしぶとく喰らいついてみる。あ、あった。
昨日は表紙をこちらに向けて陳列してあったのだが、今日は棚に挿してあった。この位置の変化は、誰かが買いそうになって一旦は手にとり、結局は買わずに棚に戻したということなのかもしれない。
わずか一日の空白も、こうしてふたたび掌中に収めてみると、もうずいぶん長いあいだ探し求めていた探求書のように思えてくるのは古本の妙だ。
温泉ではなく鉱泉というあたりが慎ましい。それにしても結構な数の鉱泉が茨城には存在するのだな、知らなかった。
著者の中村はな氏は、水戸駅前で天恩ビルを経営する傍らで、欧米旅行記や歌集を十数冊も上梓しているとのこと。この『鉱泉めぐり』を出版した週刊てんおん編集部も、名前からして系列会社であることが窺われる。
はなさん、明治38年生まれ、相当な才媛であり、遣り手でもあったのだろう。
その活躍ぶりはさておき、奥付に載った著者の写真を見ると、茨城の顔立ちと言うものがあるのかどうか、目鼻立ちなど友部に住んでいた祖母に、どことなく面影が似ているのだった。
『茨城の鉱泉めぐり』中村はな(週刊てんおん編集部/昭和44)1000円、無事に入手して、昨夕からのもやもやが晴れ渡る。
【2023年10月追記】
無事に手に入ってしまえば、それまでのごたごたは帳消しになりますが、もし売れてしまっていたとしたら、後悔や煩悶はさらに増幅し、しばらくは立ち直れません。
気になった本や迷った本は、あれこれ言わずにすぱッと買ってしまうのが賢者のやり方なのでしょう。
賢者への道はなかなか険しく、いずれまた同じ失態を繰り返します。
今から振り返れば、どうして朝一番で趣味展の会場に駆けつけなかったのかと、我が事ながらひやひやします。
西部会館に行って、それから月島に行って、ようやく趣味展を訪れている。順序が逆です。
誰かに買われてしまっていたらどうするつもりだったのかと、当時の自分に問い質したいところです。
たぶん誰も買わないだろうという気のゆるみがあったのかもしれませんし、有りや無しや、ひとつ運試しをしてみようなんていう邪気があったのかもしれません。
本人はこれで、古本の綱渡りを楽しんでいるつもりなのかもしれませんが、もちろん、他人から見ればどうでもいいような日々のうろうろです。
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月島の「あいおい古本まつり」については、以下の日記をご参照ください。