【2012年5月18日/2023年12月追記】趣味展で『竿頭の蛇』

【2012年5月18日】
東京古書会館、趣味展。
普段よりすこし早く古書会館に赴くと、それでも普段より入場待ちの列が長い。
今週は西部会館の開催がないから、皆、ここで全力を使い果たす勢いなんだろうか。
行列のしんがりに取りついた若造(若くはないが)は、せめて間に合わせの気合いを入れる。
10時、しかしそんな貧相な気合いなど、扶桑書房の棚の殺到においては塵となって消し飛ばされる。
すがるように摑んだのが『放庵画論』500円。
廉価放出の点では訪書堂書店も魅力があって、今日は『ロシア文学史』大泉黒石(講談社学術文庫/1989)500円と、『青山二郎全文集』上・下(ちくま学芸文庫/2008・2009)2冊800円を得る。
畸人堂の棚にて『現代女性の新智識』500円、現代と云ってもこれは大正時代の現代である。
紅谷書店の棚で『しろうと古書利殖入門』加藤美希雄(三恵書房/昭和56/再版)300円。
月の輪書林の棚では、目録掲載品の十銭文庫、『競馬必勝法』岡本隆(誠文堂十銭文庫/昭和5)1500円が並んでいたので確保する。題名は必勝法だが、出目とか新理論とか、射幸心をくすぐる馬券戦術ではなく、競馬今昔や競走馬の研究など至って紳士然とした競馬読本だ。
さらに、北村兼子『竿頭かんとうの蛇』(改善社書店/大正15)、函付5000円。
巻頭に著者のポートレートがあり、愁いを帯びた白皙の、この美貌にてられたのか、しかしそれにしても未知の書物に桁違いの5000円、なぜ買っちまったのか我ながら不審だが、私が見つけたのではなく私が見つけられたと云うような、すべもなく魅入られてしまうような古本が、時々こうして、どこからともなく現われるのだ。
北村兼子氏は大阪朝日新聞の記者とのことで、発行所の改善社書店も大阪の出版社。
このままでは買い過ぎだという現実にふと思い当たり、『放庵画論』と『現代女性の新智識』返却する。焼け石に水だろう。

北村兼子「竿頭の蛇」表紙
『竿頭の蛇』北村兼子(改善社書店/大正15)
*外函

つづいて三省堂書店8階特設会場、5月の古書市。
ジグソーハウスの棚に『ポルの王子様』が並んでいる。ううん。6800円。ううん。
古書市では買物なし。
いつのまにか通り雨があったらしく路面が濡れている。田村書店の店頭販売も中止になっていた。
ミロンガでほろ苦い珈琲を口にして、いくらかは頭が醒めたのか、北村兼子の名前はどこかで見ているような記憶がよみがえった。
早足に陽射しは戻り、窓の向こうの植物の葉を明るませているが、その光は私の記憶には届かない。北村兼子、どこで見たのだったか……。
さてと、再開した田村書店の店頭をごそごそやって、本と街の案内所で次週和洋会の目録を入手する。
もうずいぶん前にブック・ダイバーで見かけたあまとりあ新書を、そろそろ引き取りにゆこうと思う。
神保町交差点をわたり、アムールショップによろめいて、それからひとつ路地に入ればブック・ダイバー。
日夏由起夫『誰も知らない夜に』(あまとりあ社/昭和30)、あのときと同じ位置にありました。700円。
引き返して、日本特価書籍まで店頭棚をぶらぶら。
長島書店の店内に入ってみると、ほとんどすべての本が500円だった。店内均一とは珍しい。
岩波ブックセンターで『日本古書通信』最新号(2012年5月号/日本古書通信社)700円。
午後3時、定刻となったので御茶ノ水から高円寺。ガード下四文屋で焼酎と里芋と豆腐。
ホロヨイのささま書店。105円のエンツェンスベルガー『意識産業』(晶文社/昭和45)と、先週に続いてのRMライブラリー、『山鹿温泉鉄道』田尻弘行(ネコ・パブリッシング=RMライブラリー/2004)630円と『昭和10年東京郊外電車ハイキング』上・下、荻原二郎(同/2005)2冊1250円。

日夏由起夫「誰も知らない夜に」表紙
『誰も知らない夜に』日夏由起夫
(あまとりあ社/昭和30)

【2023年12月追記】北村兼子
北村兼子の名を見かけたのは、岡崎武志『古本道入門』(中公新書ラクレ/2011)でした。
はっきり憶えていなくとも、意識下に、北村兼子の残像みたいなもやもやが漂っていたから、そのもやもやが自発的に作用して『竿頭の蛇』を手にとらせたのだと、一応はそんなふうに分析できそうです。
完全な未知ではなかったわけです。
しかしどうしてもそれだけでは説明しきれていないようなむず痒さもあります。
くどいようですけれど、やはりあの瞬間は、私の無意識の奥に落ち込んでいた北村兼子のもやもやを、『竿頭の蛇』に見つけられた・・・・・・ように思えてならないのです。
  ◇
北村兼子【きたむら・かねこ】1903(明治36)-1931(昭和6)
大阪生まれです。
大阪朝日新聞の記者を務め、女性の権利運動に関心を寄せます。
新聞社を退職したのち、ベルリンで開かれた万国婦人参政権運動の国際大会に参加しています。
昭和6年には日本飛行学校に入学。操縦士の資格を取得します。
訪欧飛行を計画しますが病を患い、27歳の若さで早世しました。
『竿頭の蛇』のほか、以下の著書があります。

『ひげ』(改善社/大正15)
『短い演説の草案』(改善社/大正15)
『恋の潜航』(改善社/大正15)
『怪貞操』(改善社/昭和2)
『私の政治観』(改善社/昭和3)
『婦人記者廃業記』(改善社/昭和3)
『女浪人行進曲』(婦人毎日新聞社/昭和4)
『情熱的論理』(平凡社/昭和4)
『新台湾行進曲』(婦人毎日新聞台湾支局/昭和5)
『地球一蹴』(改善社/昭和5)
『表皮は動く』(平凡社/昭和5)
『大空に飛ぶ』(改善社/昭和6)
『子は宝なりや』(万里閣/昭和6)

約5年間で14冊を上梓。健筆家です。
いずれも古書で見かける機会は少なく、その古書価も高値で安定しているようです。
以下の4冊は復刻版が刊行されています。これらも滅多に見かけません。
『婦人記者廃業記』(大空社=伝記叢書94/1992)
『ひげ』(ゆまに書房=女性のみた近代3/2000)
『恋の潜航』(ゆまに書房=女性のみた近代4/2000)
『新台湾行進曲』(ゆまに書房=文化人の見た近代アジア13/2002)

評伝、研究書に以下の2冊があります。
『北村兼子―炎のジャーナリスト』大谷渡(東方出版=おおさか人物評伝2/1999)
『大正・昭和初期日本女性史と台湾―北村兼子と『婦人毎日新聞』『台湾民報』』大谷渡/関西大学(大谷渡刊/2006)

書名の羅列になりました。
後年の復刻版や評伝は図書館に行けば読めるのでしょうけれど、ほとんどすべてが手軽に購入できない希書になってしまっているのは惜しいところです。
中公文庫、ちくま学芸文庫、岩波文庫など、収録されてもよさそうなのですが……。

*参照
「北村兼子」/フリー百科事典《ウィキペディア(Wikipedia)》