【2012年7月27日】
南部古書会館、五反田遊古会。
朝から炎天、遠くでミンミン蟬が鳴いている。
1階のガレージ会場は素敵な蒸し風呂だ。その小空間へ3、40人が密集すれば、これはもうちょっとした焦熱地獄のポンチ絵なのか。地獄で即売展が開かれるなら、我先にと三途の川を渡りもするのかどうか。
何の因果か知らねども、現し世の苦行とは、まさにこんな滑稽絵図の展開でありますか、そしてあたふたと手にとるのは『女の極め方』安見正志(双葉社/昭和60)200円なんだから、これじゃあ永劫、六道からは抜けられますまい。『ビブリア古書堂の事件手帖2』三上延(メディアワークス文庫/2011)があったので買っておく、200円。
2階の室内会場は冷房天国。
脳天をよく冷やして、そして手にとるのは『ズームアップ写真術』岡克己(二見書房=サラブレッド・ブックス/昭和56/3版)200円。地獄でも天国でもエロ的な新書判ばっかり。
九曜書房の棚の隅っこに埋もれていたのは『百万円の夢』北越未知男(旭光出版社=新作ユウモア小説叢書/昭和20)500円。
文庫本よりもさらに小さい豆冊子で、新作ユウモア小説叢書はもちろん初遇の叢書であるし、版元の旭光出版社も、著者の北越未知男も、その名のとおり未知男なのだ。昭和20年11月の刊行。戦争が終わって、書きたいことを書きたいように書いて、出したい本を出したいように出して、買いたい本を買いたいように買う。そのよろこびを、当時のままに実感することはできないけれど、このぼろぼろ寸前の本は、知らない時代の感慨を、粗末な紙の手触りのなかに保存している。百万円で、どんな夢を夢見たのだろうか、と。
200円均一の棚から『春陽文庫解説目録』1976・6。めくってみると三橋一夫『ふしぎなふしぎな物語』が新刊260円(!)で、ユーモア作家の園生義人の顔写真も載っている。
黒沢書店の棚、目録で注目した『余の漫画帖から』伊東忠太、4000円。場合によっては引き取ろうかとも思っていたのだが、注文ありの様子で会場には見当たらなかった。
渋谷大古本市とリブロ池袋古本まつりのポスターを配っていたので貰って帰る。

午後は、東京古書会館の和洋会。
何も見つけられないままに、床に積んだ雑誌をしゃがみこんでごそごそやっていると指を踏んづけられたりもして、金文堂書店の棚には、目録に載っていた東成社ユーモア小説の3冊――『人間芝居』『恋のトルコ風呂』『トンカ先生の恋』――が、そっくりそのまま並んでいたのだがいずれも3000円では……。
あざぶ本舗の棚、全集端本250円均一のなかに『真ク・リトル・リトル神話体系』第1巻(国書刊行会/昭和57)を見つける。
昨年だったか、一昨年だったか、友人に頼まれた本だ。もう遅いのかもしれないが250円なら買っておこう。
もう1冊、あざぶ本舗から、『鏡の中の薔薇』八巻令(耽美館=SM耽美文学/昭和44)500円。
会場を見終わったところで、目録で注文した『天幕の街』の当否を帳場に訊きにゆく。あっさりハズレを告げられる。最初で最後のチャンスを見事に取り逃がしたようだが、こればっかりは神の手による抽籤なんだから仕方ない。
15時、高円寺。
ガード下の四文屋で、さすがに今日は冷たいビールから。煮込みと冷奴と、それからチュウ2杯。
荻窪、ささま書店。サンリオSF『猫城記』老舎(サンリオSF文庫/昭和55)が入荷されていて3150円。
『天幕の街』の2000円が浮いたと思えば、あのハズレはハズレで『猫城記』への伏線だったのかもしれない、などと適当にこじつけつつ購入する。『建築ジャーナリズム無頼』宮内嘉久(中公文庫/2007)420円と合わせて2冊。
【2024年4月追記】北越未知男
『百万円の夢』の著者、北越未知男については判然としません。
国会図書館の著者標目によりますと【きたごし・みちお】と読むことまでは判りますが、生年と没年の記載はありません。
『現代諷刺ナンセンス』(朝日書房/1929)
『凸凹クラブ』(泰光堂/1956)
『偉人のこどものころ』(泰光堂/1956)
『きれいな心うつくしい話』(泰光堂/1957)
『嘆きの歌姫』(鶴書房/1957)
などの著書のほか、小学館発行の小学生雑誌(『小学二年生』ほか)や『女学生の友』『中学生の友』などに読み物を連載していた時期もあるようです。
昭和4年の『現代諷刺ナンセンス』、たいへん気になります。
掘っても掘っても出て来ないくらいに埋もれた作家であることは間違いないようで、即売展の会場で実物を見かけたのは、今のところこの『百万円の夢』が最初で最後です。
じつに未知なる未知男さんです。
◇
和洋会目録で注文した『天幕の街』鈴木清(遊幻舎/1982)、販売価格は2000円でした。
鈴木清の写真集は総じて高値がつき、この『天幕の街』も、相場は2、3万円を超えるはずです。
目録には状態の記載がなく、カバーの有無や、傷み、破れなどについては判りませんでしたが、それにしても2000円は驚異の破格でした。
0をひとつ付け忘れたのではないかとさえ思いました。
当然、複数の人から注文があったようで、結果は上述のとおりです。
ハズレと判れば諦めはつきますが(とはいえしばらく引きずりますが)、帳場で抽選の結果を尋ね、係の人が台帳をめくって調べるあいだの静寂は、まったく意識が遠のいてゆくような寸刻です。
鈴木清については下記ご参照ください。