【2012年9月7日】
東京古書会館、趣味展。
扶桑書房の棚から1冊も見つけられなかった。まだまだ甘い。
1冊だけ、久保天隨先生の著書を発見してぴくっと来た。
明治33年の紀行文集『七寸鞋』で値段は800円。四の五の言わずに買っておけばよいだろうに、六、七、八と口籠り、結局は手放す。
甘いと言うのは、何も見つけられないことではなく、手にした1冊をボーッと見送ることをこそ甘いと言うのだろうな。人生の全般に於いても当てはまりそうだ。寺山修司は言っていた――古本は人生の比喩ではない、人生が古本の比喩なのだ――ちょっと違うか?
扶桑書房で我が身を包んだもやもやは、しかし、月の輪書林の棚のあまとりあ新書で解消された。
先月の渋谷大古本市で見送った『男の知らない女の話』など4冊。
『男の知らない女の話』平林啓子(昭和41)
『女の秘めごと』平林啓子(昭和37)
『随筆おとぼけ帖』朗笑六十三人集(昭和31)
『二人っきりの饗宴』原比露志(昭和39)
以上、あまとりあ社の新書判、各冊200円。
『女性に嫌われる本』鈴江淳也(久保書店/昭和41)200円を追加して、気分は晴天なり。
銀装堂書店の棚にて『国鉄きっぷ全ガイド』近藤喜代太郎(日本交通公社出版事業局/昭和62)500円。
会場一巡、さて、今日の本命は目録注文の『漫画探訪』なのだが、その前に、『大国魂神社略誌』『失神へのテクニック』『亜欧堂田善』、いちどは抱えた3冊を返却する。
節約と言えば聞こえはよろしいが、つまり出し渋ったのである。こういうことをやっているから古本の神様にそっぽを向かれるのではないかと、内心びくびくしながら帳場へ参り、注文の当否を尋ねる。
『漫画探訪』和田邦坊(萬里閣書房/昭和4/8版)2500円、無事入手する。出品は紅谷書店。
古書店街。ミロンガで珈琲を飲んだあとは、日本特価書籍までの店頭棚をざッと眺めて、それから次は新宿へ。
地下街サブナードの古本浪漫洲。
『全国神社味詣』松本滋(丸善出版/2011)は、神社の参道で味わえる食べものを紹介した、ちょっと風変わりなガイドブックだ。著者の松本氏は神社新報社の記者なのだそうだが、『神社新報』という週刊新聞の存在を初めて知った。525円。
『指ぬきの夏』エリザベス・エンフライト(岩波少年文庫/2009)200円と合わせて2冊。
西武新宿駅からガラガラの電車に乗り、『全国神社味詣』ぱらりとめくる。
ふと眼をあげれば窓の外には夾竹桃の花盛り、ああ、このまま閑散とした電車に揺られてこの世でいちばん遠い神社を参拝に参ろうか……ほんのひと駅のながいながい旅路。
高田馬場駅前、BIGBOXの古書感謝市。こちらは買物ナシに終わる。
高円寺ガード下四文屋に落ち着いて、焼酎を飲む。
若い女性が二人、小さなカウンターに並んで腰かけて仲良くお酒を飲んでいたかと思ったら、そのうち片方がしゃくり泣きに泣きはじめた。彼氏と大喧嘩をしたらしい。今日は泣きたい酒なんだろう。
しばらく大泣きをしてすっきりしたのか、それでも人肌が恋しいのか、泣いていた片方は慰めていた片方にチューをする。何遍も。
それが恰度、私が腰かけた真正面で展開する。
チューを飲みながらチューを見物するとはこれいかに。いや、さすがにこれは、午後3時の酒場でこれは、いくらなんでも眼のやり場に戸惑いするばかり、友情の交歓は果てることなく「舌は入れないで!」などという写実的なセリフに、うっかり生唾を呑み込んだ私も私だが、ついに店長さんからやんわりと指導が入り、飲みかけのウーロンハイを残したまま、どこか新天地をもとめて、二人はなびくように手を取りあい熱風とともに去りぬ。ああおどろいた。
吉祥寺に寄道して古本センターの廉価棚より『諸国奇風俗を尋ねて』松川三郎(香蘭社書店/昭和9)200円。
【2024年7月追記】二郎? 三郎?
古本センターで見つけた『諸国奇風俗を尋ねて』なのですが、その著者を松川二郎だと思って買って帰ったわけなのですけれど、家に戻って外函の表記をよく見たら松川三郎著と記してある。
松川二郎は旅行作家の嚆矢とも言えるような文筆家で『趣味の旅不思議をたづねて』『全国花街めぐり』『名勝温泉案内』など多数の著者があります。大正から昭和戦前にかけて活躍しました。
年代は一致していますし、『諸国奇風俗を尋ねて』という書目からすると、松川二郎の著作であったとしても何ら不審はありません。むしろ二郎であるのが当然とさえ思われます。
たぶん誤植なんだろう。しかし購入した一書を改めますと、外函だけでなく、背表紙や本文の冒頭にもくっきりと松川三郎と刷ってあります。誤植にしては念が入っている。
別名義と云うことも考えられないことはないのですが、こんな紛らわしい別名をわざわざ採用するだろうか。三郎氏は二郎氏の弟か?
肝腎の奥付では、著者名が「香蘭社編輯部」となっていて、混乱に輪を掛けてくれます。
それでどうしたかと云うと場当たり的に調べたくらいでは何も解明せず、まあ「二」でも「三」でもどちらでも大差ないじゃないかと、それ以上の追究はせず放ってあります。
別人だったとしたら大変失礼な話です。二郎さんからも三郎さんからも叱られるでしょう。
〈関連日記〉
松川二郎
→【2011年6月3日/2023年3月追記】城南展