【2012年12月26日】
新宿京王百貨店、歳末古書市。
9時50分、百人ほどの列に加わり、係員が配ってくれた会場案内図を眺めて、おおよその旅程を立てる。
エレベーターに乗り込むと、エレベーターガールは淑やかに忠実に――「7階、文具、玩具、催事場……」と案内するけれども如何せん、箱の中は全員、古本のことしか頭にない。せっかくの美声も耳に届いていないのかもしれない。
扉が開いて、猛進するいのししが一頭。そのほかは取り乱す様子もなく、しかしそわそわと、同時開催の着物市の会場を通り抜ける。
古書市会場に入って浅見書店の棚から『人物写真の研究』安河内治一郎(朝日新聞社=アサヒカメラ叢書/昭和11/4版)300円。
杉波書林の棚から『城昌幸集』怪奇探偵小説傑作集4(ちくま文庫/2001)525円。
弘前から参加の成田書店にて『くじ』シャーリイ・ジャクスン(早川書房=異色作家短篇集/昭和63/改訂第2版)630円。
茨城日立の佐藤書房から『懐しの三輪自動車』木村信之作品集2(フォトスケント/平成元)2000円。
中学三年生の時、級友のA君と三輪トラックについて熱く語り合ったこともあった。A君は私の軽便鉄道の写真集を借りる際に「これは貰います」と言い、冗談だろうと受け流していたら、なるほど宣言どおりにそのまま遠くへ引越してしまった。
3時間ほどうろうろして計4冊、穏やかな買物だ。
屋上の灰皿で一服。青空が近い。
何をするでもなく、何となくベンチに腰掛けている御老人。何となく何かを期待して近寄る鳩。

(フォトスケント/平成元)
中野ブロードウェイへ移動して、まんだらけにて『木をかこう』ブルーノ・ムナーリ(至光社/1997/3刷)315円、『ガンバルリおじさんのまめスープ』やなせたかし(フレーベル館=キンダーおはなしえほん/昭和53)315円。
高円寺まで歩いて都丸支店の壁棚を眺め、ガード下四文屋へ。
この道を、いったい今年はどれだけ歩いただろう。
焼酎と煮込み。
年の瀬でもあるし、来年への景気づけと風邪の予防を兼ねて、今までずっとためらっていたにんにくを思い切って注文する。
鉄板で焼き上げたにんにくに、ちょいと辛味噌を塗りつけて、旨いことはもちろん旨いのだが、いっぺんに13粒はやはり喰い過ぎかもしれん。
荻窪、ささま書店。
北風に転がりながら、店頭均一棚から『古書法楽』出久根達郎(中公文庫/1996)105円。
店内で『庄内交通湯野浜線』久保田久雄(ネコ・パブリッシング=RM LIBRARY/2005)630円、『幻想物語の文法』私市保彦(ちくま学芸文庫/1997)420円、『壜の中の手記』ジェラルド・カーシュ(晶文社/2002)525円。
真鍋博『動物園』が実にさりげなく棚に挿してあって1万5750円。さりげなく棚に戻す。
中央線の線路をくぐり、鳥もと2号店を初めて訪れる。
まだ、駅前の屋台みたいな店舗で営業していたころからずっと気になっていた焼き鳥のけむり。
念願の、安上がりの念願だが、第一歩を踏み記し、熱燗二合、ねぎま、レバ、皮ピーマン、ぼんじり、うなぎ肝串、1290円。
最後はブックオフ荻窪駅北口店。
『司書とハサミと短い鉛筆』ゆうきりん、4・5・6・7巻(電撃文庫/2009-2010)。
『妄想図書館のリヴル・ブランシェ』折口良乃、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ(電撃文庫/2010)。
105円均一のライトノベルを拾い集める。そろそろ購入メモをつけておかないと、どんどん同じ本を買ってしまいそうだ。
児童書の棚で『リボンときつねとゴムまりと月』村山籌子作品集1(JULA出版/1997/2刷)250円。
単行本200円均一から『本をめぐる輪舞の果てに』1・2、アイリス・マードック(みすず書房/1992)。

(京王百貨店新宿店)
【2025年8月追記】京王百貨店の古書市
京王百貨店新宿店「歳末古書市」は上述の2012年が第12回。
翌2013年12月の第13回をもって終了となりました。
同じく新宿店の同じ7階大催場では夏期にも「東西老舗大古書市」を開催。
東京のデパート古書市の中では最も古くから続くという名物市でした。
やはり2013年(8月)に、第63回で終了しています。
歳末市も老舗市も、最後となった開催時において、終了の告知は無かったと記憶しています。
2014年の夏が来て、そう言えば京王百貨店の老舗古書市はどうなったのだろう。
夏が過ぎ、年末になり、おや、歳末古書市も開かれなかった。
それからまた2015年が過ぎる頃になって、京王百貨店の古書市は終わったみたいだ。
ずいぶんぼんやりした話ですが、ようやく事の成り行きを呑みこむようなわけでした。
2013年当時、あるいは主催側としては来年もやる気満々だったのかもしれません。
諸般の事情や悲喜交々が絡み合って、やむを得ず幕切れになったのだとしたら、訪れるお客さんのみならず、迎える古本屋さんも、終わったあとになって、あれが最後だったのかと、感慨を催したのでしょうか。そのあたりの舞台裏は知る術もありません。
初開催の第1回ともなれば、大いに宣伝を振りまいて盛り上がりましょうけれど、最後の開催というのはそんなふうに自然消滅という古書市も多く見られるようです。
会場に並ぶのは古い本。すべて古い本ですから、どう頑張っても派手やかさには限界があります。
ひっそりと、いつのまにかおしまい。そのほうが古本らしいとも言えそうです。
2024年9月、京王百貨店聖蹟桜ヶ丘店にて「せいせきの古本市」が開催されました。
京王百貨店としてはおよそ11年ぶりに古書市が戻ってきました。
会場の規模は新宿店には及びませんが、なかなかの盛況であったようです。
伊勢丹、松屋、東急など、東京の百貨店から次々と古書市が撤退して、すでに久しくなっています。
百貨店の古書市を知らない世代も増えているでしょう。
そろそろ時代が一巡ということになれば、それは古くて新しいということにもなります。
京王に限らず、百貨店そのものが岐路に立たされているような現今、古本に構ってなどいられないと言われてしまえば、それまでなんですけれども。
けれど、そろそろ……「また新宿でもやってみるか」と誰か偉い人が口を滑らせてくださらないかと思います。
それに、終了の告知が無かったということは、じつはまだ終わったわけではないのではないか、と。
未来の夏、第64回東西老舗大古書市が開催されるのではありませんか?

