【2012年12月21日/2025年7月追記】歳末のぐろりや会で温泉が湧く(?)


【2012年12月21日】
東京古書会館、ぐろりや会
浅見書店の棚を皮切りに、あちらこちらをきょろきょろ。しばらくきょろきょろ。
手ぶらのままで辿り着いたのが木鶏堂書店の棚。
種々の雑本を並べた平台に森山大道『遠野物語』(朝日ソノラマ=現代カメラ新書/昭和51)があった。200円だ。『遠野物語』はたしか新編の文庫本も刊行されているはずだが、この現代カメラ新書の元版はほとんど見かけないし、見かけても、特に写真集を意欲的に取り扱うお店では、素敵な古書価で陳列されるのではなかったか。出遅れた恰好にしては会心の200円だった。
平台から棚へ目を移すと『夜の蝶・もだえるとき』日比野晃(あまとりあ社/昭和36)400円があり、さらにそのひとつ上の段に女の埠頭の背文字が見えたのでドキッとする。
別冊太陽『古書遊覧』に載っている書影を、いったい何遍、うっとり見入ったことだろう。
今、眼前にあるのは影ではないが、ほんとうに実体だろうか? 引き抜いてみた、実体だった。
『女の埠頭』朝山蜻一(同光社出版/昭和33)3000円。それでもやっぱり、影をつかんでいるのかもしれない。よろこんでいるのも、私の影だ。
もう1冊、『恐怖のヨコハマ』北林透馬(学風書院=スリラー風土記/昭和31)1200円を見出して、棚から温泉が湧いたみたいな、身心とろける極楽の……。
なぎさ書房にて『東洋の詩魂』蔵原伸二郎(東京ライフ社/昭和31)500円。
夏目書房で『ベラミ裁判』フランセス・N・ハート(日本出版協同=異色探偵小説選集/昭和28)1200円。
古書サンエーから『漫画の技法』須山計一(芸術学院出版部/昭和28)1500円。
後半、いろいろ追加して計7冊。

朝山蜻一「女の埠頭」(同光社出版/昭和33)表紙
『女の埠頭』朝山蜻一(同光社出版/昭和33)

ミロンガで珈琲を飲んだあとは、久しぶりに古書店街の南側の路地に点在するお店を歩く。
ブックダッシュで『ストリップのある街』原芳市(自由国民社/1999)1200円。
羊頭書房を経て、文省堂書店の百円均一から『図書館用語集』改訂版(日本図書館協会/1997/3刷)と『きらくな空の旅行者たち』マルセル・レルム=ヴァルテール(岩波書店/1973)。
手塚書房の店頭台は、神保町でいちばん小さい均一台かもしれない。
小宮山書店のガレージセールに戻り、それから田村書店、澤口書店、明倫館と店頭台を覗き、すずらん通りの風月洞、湘南堂。
神保町交差点を渡り靖国通りを@ワンダーまで。
@ワンダーでは店内の新着品の棚に『恋愛晴雨計』林二九太(桃源社=ユーモア名作文庫/昭和33)が並んでいて1050円。
SF書架では『窒息者の都市』レジス・メサック全集第Ⅱ巻(牧神社/昭和50)1570円。
マルセル・シュオップ『列車〇八一』(東京創元社=世界恐怖小説全集/昭和34)と遭遇し――以前、西部古書会館のガレージでの出来事だったか、この本が2冊並んでいて、『列車〇八一』とは変わった題名だなと思う間もなく、左右から電光石火と手が伸びて2冊とも消えてしまった。
よっぽど面白い本なのだろうかと、以来、気になっていた。あのときは2冊とも裸本だったが、今日は函が備わっている。
あのときは1冊200円だったのではないだろうかと推測されるのだが今日は2100円。
迷わないではないのだが、今日はもう、ぐろりや会から撥条ばねが弾んでいるので弾むに任せる。

購入後『列車〇八一』のビニール包みを剝いで中身を見分すると、14名の作家のアンソロジーだった。
シュオップのみの作品集だと思っていたのでやや拍子抜け。それらしい表示が外函にないのは不親切なのでは、と、すぐに不平を述べたくなるのだが、そんなことはミステリ書誌学では常識なのだろう。
外函の絵は宮下登喜雄氏で、本体の表紙絵を担当しているのはペリカン書房店主品川つとむ氏の令弟、品川たくみ氏だった。買ってみなければ判らないこともある。

【2025年7月追記】掘出し物
滅多に見かけない本、あるいは、相場よりも安価で販売されている本が掘出し物です。
投げ売りの山の中から幻と言われている奇書を掘り当てれば、世紀の大発見であります。
そこまでは参らずとも、数千円、数万円で取引されるほどの本を、0がひとつ少ない値段で見つければ天に羽ばたく昂揚です。
森山大道『遠野物語』、朝山蜻一『女の埠頭』、たしかに掘出し物だったのでしょう。
こういう収穫を毎週とは言わずとも、定期的、持続的に得ていれば腕前の証しになります。
しかし我が身を振り返れば1年、いや数年に1回あるかないか。まぐれ当たりです。
それで、たまに珍しい棒に当たると鼻高々。上品とは言えません。
ひとつ確かなことは、腕の良し悪しに関わらず、とにかく歩きまわっていれば、思わぬ珍書と出くわす機会が必ずあるということです。
古書即売展はそのチャンスが鉱脈のようにひそんでいる場所です。

相場より遙かに安い値で入手する。
古本漁りの醍醐味です。
しかしほんとうは、価値の定まった本を狙うのではなく、誰も相手にしないような本、古本屋の店主さんさえ見過ごすような雑本の中に、なぜだかはよく分からないが光りを放つ本を見出す。
それこそが掘出し物と呼べるのかもしれません。
自分にとっての、なんだか面白そう。
棚の片隅から拾い集めた本が、いつのまにか不思議な、或いは怪しげな秘境へと導いてくれる。
古本世界にはどこへ辿り着くのか誰も知らない小径が無数に続いています。

稀覯本で埋め尽くされた書斎は永遠のあこがれですけれど、どんなに壮麗な蔵書も、持ち主がこの世を去れば、そのほとんどはふたたび市場へと流れだし、散らばってゆきます。
最後は同じなら、たとえ笑われても世界中でただひとつ、へんてこりんな自分だけの体系をつくりあげるのも痛快ではありますまいか。

それでも時々は、周知の逸品を見事に掘り出したい。そして自慢してみたくなるこの困った身の上は……。