【2012年12月14日】
南部古書会館、五反田古書展。
1階、誠文堂十銭文庫『将棋初段になるまで』金子金五郎(昭和6/46版)200円。
ガード下の四文屋で時々相席する御隠居さんの趣味が将棋だから、話の種に差し上げてもよいかなと思って購入したのだが、たしか翁はアマ四段の腕前と言っていた。初段の本は必要なかった、それじゃあ自分で初段を目指すかたぶん目指さないだろう。
『炭坑夫と私』富山妙子(毎日新聞社/昭和35)200円。
目黒美術館の〈炭鉱展〉で富山妙子の絵は見ているけれども、どのような絵だったのかはオボロなのだが、胸に切迫する絵であったことだけは記憶のかけらが残っていて、表紙の絵を見るとそのときに覚えた感興が微かによみがえった。急いで中身をぱらぱらやると――混雑ゆえ悠長に立読みする余裕はない――随所に挿入されたスケッチの、芯の太い黒線は、やっぱり迫る。
2階、まず大雑把に一周。
収獲のないまま二巡目、今度は眼玉をぐっと近づけて棚の細部に分け入るように。
月の輪書林にて『バーテンダー物語』齋藤武雄(四季新書/昭和29)500円。
1冊手にとったところで、部屋の隅の机で電話番を務める当番さんに目録註文の当否を尋ねる。
小心者の験かつぎというのか、手ぶらのままで尋ねるとハズレを告げられそうで怖かった。
当番さんが抽籤結果を記した目録を確認するあいだの、めまいのような数秒。
『蜘蛛・ミイラの花嫁他』エーヴェルス短篇集(創土社/昭和60/3版)2000円、アタリ。今日は御の字。
気分もゆったりと棚巡りをつづけ、ひと葉書房にて『落花生の話』北野道彦(崙書房=ふるさと文庫/昭和54)200円。
収獲に相乗して心も財布もゆるむ。エーヴェルスがハズレだったらきっと買わなかっただろう。この落花生はエーヴェルスが呼び込んだのだ。
赤いドリルの段ボール箱をごそごそやると『カフェーと喫茶店』初田亨(INAX/1993)という小冊子が現われた。著者のお名前は見覚えがあり、ちくま学芸文庫版『百貨店の誕生』は以前にどこかで買っている。昭和初期のモダン・カフェーの写真が豊富で面白そう、300円。
アンデス書房の棚では林二九太『恋愛晴雨計』が2000円。函付ながら、本体に蒸レと補修と書込みがあり、状態はあまり良くない。1000円なら……とかぐずり、エーヴェルスでゆるんだ紐がまた締めつけられ見送ってしまった。

神保町に移動して、まず神保町交差点から日本特価書籍まで店頭を往復。
店頭台の散らかった本を自主的に整頓している紳士を度々お見かけするのだが、敬愛をこめて整頓先生とお呼びするのだけれど、今日は店頭ばかりでなく店内の棚も整頓していらした。いずれ神保町のすべての古本を整頓してしまうのではないか、と。
午後2時、東京古書会館。新興展。
九蓬書店の棚から『古書巡礼』品川力(青英舎/昭和57/2刷)500円。装幀は著者の実弟の品川工氏。
御茶ノ水から中央線に乗り、酒場はまだ尚早なのかもしれないが(二週前に酩酊して転倒)、自粛を解いて高円寺ガード下、四文屋へ。
未だ治らぬ脚の痛みを折り畳むようにして丸椅子に座る。背後で熱くプロレスを語る三人組はどうやら本物のプロレスラーで、隣席の御仁は持病のモノローグが酒の肴である。梅割り焼酎の甘さ苦さを胃の腑に流し込めば、向こうのほうでカラスが鳴いて日が暮れる。

【2025年6月追記】五反田古書展/新興古書大即売展
南部古書会館の「五反田古書展」は毎年1回、12月にあります。
2019年までは半年にいちど、6月と12月の年2回開催でした。
会館の所在地が名称の由来です。
同じく五反田を冠した「五反田遊古会」とは混同しやすいのですが、共通する参加店も多くあり、実際、両展に際立った違いは見られないようです。
南部古書会館ではさらに、4月と10月には「本の散歩展」が開かれますが、こちらも会場内の雰囲気に劇的な差はありません。
いつでしたか、南部会館で「全部まとめて五反田遊古散歩古書展にすればよいのでは?」と、参加する店主さん同士で珍案がささやかれているのを耳にしたことがあります。
統一すれば紛らわしさは無くなりますし、何かと便利なのかもしれませんが、実現には至っていません。名前が長過ぎるようですし、何でも一緒にすればよろしいというわけではないのでしょう。
2020年以降は、五反田古書展の目録を目にすると、今年もそんな時期になったのかと思い、俄かに年の瀬が押し寄せてきたりもします。
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東京古書会館の新興展、正式には「新興古書大即売展」です。
こちらは今でも半期にいちど、6月と12月に開催されます。
和本や漢籍を出品するお店が多く、雑本中心の即売展とは場内の雰囲気が大きく異なります。
古典籍を蒐集、研究する人たちにとってはなくてはならない即売展でしょう。
洋装本(いわゆる普通の本)もありますし、隅から隅まで高級品で圧倒するわけでもありません。
数百円の和本が山と積まれて放出されてもいます。
何と言っても、実物を手で触れることが出来るということは、即売展の魅力の根元です。
江戸時代の書物ともなればなおさらです。
うなぎ屋の看板をつい「うふぎ」と読むほどの教養しか持ち合わせていないのは我ながら残念ですが、くずし字は読めなくても絵入りの本ならば、ついこのあいだ刷ったばかりのような、何百年も経っているとは思えないようなその絵の鮮やかさ。
たとえそれが桁外れの値札をまとっていても、買えないとは分かっていても、一寸だけ、閲覧させて頂きまして、この手で静かにめくってみる瞬間は、別世界に飛んでゆくような書物的感銘です。
初めて和本を手に持ったとき、本はこんなに軽いのかと、びっくりしたことを思い出します。

