【2009年10月16日】
東京古書会館の即売展、ぐろりや会へ。
地下鉄を降りて神保町交差点の出口から、まっすぐ会館へは向かわずに、このあいだの初探訪の日もそうしたように、まずは靖国通りに沿って店頭の棚をながめて歩く。この古書店街の一軒一軒は、参道の石段の一歩一歩のようでもあって、やがて古書会館へと至るときには、山寺の本殿に登り詰めたような感興だろうか。実際は、会場は地下にあるのだから、階段を降りるのだけれど。
表紙をこちらに向けて陳列する棚。そこに並べられた本は、縦に帯紙が掛けてあって、著者名、書名、価格、発行年が記されている。筆書きで、墨痕りりしく、それだけで敬遠しそうになるのだが、踏みとどまってよく見れば、価格までがすべてりりしいわけでもなさそうだ。
北尾鐐之介『風景を切る』が1000円。野口米次郎の『表象抒情詩』が1500円。これくらいならば素人にも手が届く(会計の際、この帯紙は一部を破り取るだけで、残りは本と一緒に包んでくれた。記念なので手帖に貼りつけた)。
こんな初歩の初歩も、ひとつずつ実習しながら……。
『汽車の窓から』西南部を見つけたのはよかったが、ちょっと待てよ、このあいだ買ったのは東北部だったかそれともこの西南部だったか。別の棚でも西南部を発見してしまう。ううん。値段はどちらも1500円だが。
迷っているさなかに松川二郎の旅行案内書『一泊旅行土曜から日曜』を見つける。松川二郎については、大正時代の紀行作家ということのほかには何も知らない。いったいどれくらいの旅をして、どんな生涯を送ったのだろう。
今回のぐろりや会では漫筆や粋筆の類いをあまり見かけなかった。見かけてもちょっと値が張った。買物は3冊だけだったし、なんとなく物足りなくもあって、古書モールを少しうろつく。竹村文祥『続あな・かしこ』など3冊購入する。
古書モールの斜向かいのキントト文庫は、店名も金魚の看板もかわいらしい。いつもそう思いながらただ通り過ぎるだけだったので、今日はいちど入ってみよう。
風俗、趣味、演芸など、きちんと分類されていて、それぞれの分野に面白そうな新書判が揃っていた。揃っているだけあって値段もやや割高だから、散歩者がついでに立ち寄るというよりは、それをほんとうに探している人のための古書店なのだろう。
鉄道関連の本が幾冊か並んでいるなかに『花の改札係』があった。これは桜ケ丘ブックセンターいとうでも見かけたことがって、たしか800円だった。800円でも高いと思って保留にしたのだが、キントト文庫では2200円。すると800円は安かったのかしらん。なるほど800円は2200円より1400円も安い。何がなるほどなのかは自分でもよく判らない。徒らに額面に踊らされるばかり。それで神経はすりへってしまうのか、何も買わずに店を出る。
小宮山書店ガレージセールをひとまわりしてから、ミロンガで珈琲。珈琲を飲みながら煙草をふかしながら、じつは頭の中には『汽車の窓から』西南部が駆け巡る。
持っているのは西南部だったか、東北部だったか。西南か、東北か。西南、東北、西南、東北。
観念して、古書会館に引き返す。1冊はすでに売れていて、もう1冊は売れ残っていた。どちらかというと状態の悪いほうが残っていた。ついでに現代漫画大観『東西漫画集』も買う。
家に戻って確かめると、持っていたのは東北部だった。同じ本を2冊買わずに済んだようだ。やれやれ。
2009年10月16日 今日の一冊
*ぐろりや会/東京古書会館
『汽車の窓から』西南部 谷口梨花(博文館)1500円
【2022年11月追記】
『汽車の窓から』は大正13年の刊行です。
東北部と西南部が無事に揃って、まずはよかったのですが、私が購入した本はどちらも函欠の裸本でした。
多くの函入本を見ると、函のほうには題名や著者名が記されていても、本体の表紙にはそれらの文字が入っていないことがあります。装画もなく、まるで素っ気ない無地の表紙ということもあります。
もちろん、本文を読むだけなら函などは無くてもかまいませんけれど、その無くてもよいはずの函の意匠にこそ味わいがあるということを、のちのち感じるようにもなりました。
「物」としての本を見たときに、函の存在はやはり重要なところだと思います。
函の有る無しで古書価が大きく変わってくるのも当然なのでしょう。
後日、『汽車の窓から』東北部・西南部2冊揃を、即売展で見かけました。函付で、函には題名が入っていました。価格は2冊で2000円。
函が備わっていて、しかも裸本で買った値段よりも安い。掘出し物には違いなさそうです。
かなり動揺しました。
しかし、同じ本を改めて買いなおすほどの余裕はなし。
見送るよりほかはなかったのですが、買わなかった本というものは、買った本よりも記憶に残るということがあります。
なお、この日訪れた神保町古書モール、キントト文庫、それから記述のあるブックセンターいとう桜ヶ丘店は、すでに閉店してしまって現存しません。