【2009年10月17日】
国立へ。旭通りの2軒の古本屋を久しぶりに訪れてみようと思う。坂下の停留所で降りると、あら、ユマニテ書店はお休みだ。しかし次の谷川書店へ行くと川柳漫画全集が3冊あってときめいた。このあいだ、桜ヶ丘のブックセンターいとうで川柳漫画全集第3巻『臍茶問答』という本を買ってみたばかりなので、頭の中には「川柳漫画」という文字が割合にくっきりと刻まれている。
さっそく1冊ずつ函から取り出しては見分してみた。
すると帳場の老店主から「あなたねえ」と問いただすような声が掛かり、心臓がどきんとする。
どうやら函から本を取り出す作法に難があったらしく、帳場に呼ばれて指導を受ける。
指先で本体をつまんで引っ張り出すのは間違いで、函を下に向けて軽く振り、本体を落とすようにして取り出すのが正しいやり方らしい。
「ちょっと貸してごらん」
御主人は私から川柳漫画全集の『ユーモア・ビル』を受け取って、実演してくださる。なんべんも繰り返しては「ほら、余計な力は要りません、こうすれば函が痛まないでしょう」。
そう言われて俄かに振り返れば、これまであちこちの古本屋で、さっきみたいに指でつまんでぐいッと引っ張り出すたびに、帳場の奥からぎろりと睨まれていたのかもしれないと、今更のように、腋の下にはどっと汗が噴き出すのだ。
恥じ入りながら、しかしほんの通りすがりの若造を熱心に鞭撻する御主人の姿勢に、私は小さく感動した。その教材が『ユーモア・ビル』であるということの、なんとも言えない滑稽が、感動に輪をかけた。
昭和初期の刊行物であることは分かっているし、乱暴に出し入れしたわけではなく、それなりに丁寧に扱ったつもりではある。ただ、3冊も続けてそうされると、店主としては黙っていられなかったのだろう。
ひとしきりの指導が終わるころ、常連らしい小母さんがやってきて、私と入れ替わるように、御主人との世間話が始まる。御主人は話好きのようだ。
「絶対に西洋野菜は食べない、肉は食べない、魚を食べる、1日2食、晩酌は2合、今日は雨が降る……」
小母さんはもっぱら聞き手にまわり、的確な合いの手と絶やさぬ愛想。いかに御主人に気持よく喋らせるかということが、常連客の使命でもあるようだ。
話も終わり、さて、会計をお願いすると、御主人は鉛筆書きの売値をひとつひとつ消しゴムで消しながら、ハイ2980円と、暗算する。
そして「いくつに見えますか」と訊いてくる。
「70歳くらいでしょうか?」
「76です、この道60年」
さらには仕入れの帳面を広げて「こんな本が入ります」と見せてくれるのだが、飛沫のような文字をうまく判読できず、もごもごとうなずくばかりで話をふくらませられないのだから、我ながら貧相な口舌だ。古本屋であんまり多彩に話しかけられるのはちょっと苦手なのだ。
最後に、先ほどの落下式の取り出し方をもういちど実演してくださって、「分からないことがあったら何でも訊いてください」と締めくくる。
さっき、小母さんとの会話を横から見ていて気づいたことは、御主人は、顔は笑っていても眼の奥が笑っていない。凄みを放つというのか、いつでも飛びかかってゆけるような眼光だった。
絶対に西洋野菜を食べないというそのこだわりは、おそらく御主人のからだの隅々にまで行き渡っているであろうあらゆるこだわりのごく一端であり、もちろんそれは書物に対しても、頑冥に守られていることだろう。
老古書店主の健在に接した感銘と、生半可を諫められたような冷や汗と、それらが入り混じった余韻のなかで、私は今、放課後の学校をあとにする居残りの生徒なのだろうな。いつまでも及第点がもらえずに追試また追試、それでもなんだか面白くて、性懲りもなく通ってしまう。いったい何がそうさせるのだろう。そこに書物があるというだけで……。
もう少し古本、旭通りを抜けて、国立駅前のみちくさ書店へ。看板娘のほほえみに心を癒し(そうやってうつつを抜かすから落第するのだ)、増田書店で河出文庫の目録をもらい、街頭の灰皿で煙草をふかす。
家に戻って『ユーモア・ビル』を手にとり、落下式取り出し法のおさらいをする。
2009年10月17日 今日の1冊
*谷川書店/国立
『ユーモア・ビル』川柳漫画全集10
矢野錦浪/川上三太郎編(平凡社/昭和6)1300円
【2022年11月追記】
今は無き国立の名店、谷川書店での出来事です。たにがわ、ではなく「やがわ」書店です。
広いお店ではありませんでしたが、品揃えや、商売気のないあっさりした売値が魅力でした。
しかし何と言っても、店主そのものが「名物」だったのでしょう。
店主とお客さんとの丁々発止なども多々あったのではないかと思われ、それらのエピソードを集成したら、かなり分厚い、さぞや愉快な1冊が出来上がりそうです。
函入本の取り出し方の指導を受けたときのことは、今でもついこのあいだのことのように覚えていますし、思い出せば、今でも冷や汗がにじみます。
まさに、容赦なし、という教育でした。本の取り出し方など、些細なことでもあるようですが、本を愛すればこそ、その些細なことを見逃すわけにはゆかなかったのでしょう。
仕入れのノートを見せるというのは、何も私が特別だったわけではなく、老店主の趣味のひとつでもあったのか、誰でも、たいていのお客さんはあの判読困難なノートを見せられたという話も聞いたことがあります。
2014年の春先に谷川書店は閉店してしまいました。
名店がひとつ無くなることは、というよりは、名物店主があの場所からいなくなってしまうことは、たいへんさびしいものでした。残念ですけれど、仕方ありません。
しかし、閉店から7年後の2021年7月、谷川書店があったあの場所に新しい古本屋が誕生!
「三日月書店」が開店しました。
そんなことも起こるのかというような、ちょっと夢のような話です。