【2009年10月23日/2022年11月追記】南部古書会館初探訪

【2009年10月23日】
五反田、南部古書会館を初探訪。今回は「本の散歩展」。
駅前からの大通りを左に折れて、番地をたよりに、ビルの裏手の細道を進む。変形の五差路を斜めに横切ると、その先に、そこだけ人が集まっていて、立つ人あり、しゃがむ人あり、一目で即売展と判る光景に、ツッツッと早足になる。
車庫というのか荷捌場というのか、そこへ所狭しと本が並び、道路にまではみだしているさまは、小宮山書店のガレージセールとよく似ている。
まずは書棚の全体をざっと見渡して、それから近くの背表紙に眼をとめる瞬間のしずかな昂奮。時計の歯車が、ことりと音を立てて逆回転を始めるような、昔へ昔へと、夢うつつの周遊の始まりである。
道路の平台から『南国のエロス』を手にとって、これで即売展が開かれる東京の3つの古書会館を、まずはめでたく体験したわけだ。それぞれの最初の1冊は……
 東京古書会館『家庭報國思ひつき夫人』
 西部古書会館『大人の動物園』
 南部古書会館『南国のエロス』

文庫本よりもひとまわり小さい豆本が7、8冊、まとめて積んである。どれも同じ装幀で、背表紙には「ぷやら新書」と銘打ってある。ぷやら。不思議なひびきだが、発行所が札幌だから、たぶんアイヌ語なのだろう。各巻とも限定500部ということで、いずれも91番が振ってあった。
巻末の刊行案内を見ると、坂本直行『蝦夷糞尿談』なんていう書目に惹かれるのだが、残念ながらここには無かった。地方で頒布された限定版となると、そうたやすくは遭遇しないだろう。しかしどれか手許に置いておけば、「ぷやら」の縁で呼び合うかもしれず、まだ見ぬ『蝦夷糞尿談』への願掛けのつもりで、支部沈黙はせべちんもく『蟻の足あと』を買ってみることにした。

車庫の脇の玄関や、そこから少し高くなった1階への階段にも、とにかく置ける場所にはすべて本が置いてある。会場は車庫と2階とに分かれていて、会計も別々。場内に鞄を持ち込めないのは古書会館に共通の決まりだが、南部会館と西部会館は、屋外の車庫会場については不問のようだ。車庫からは8冊購入。会計を済ませて鞄を預ける。
下の会場は特価品ということだから、2階は高額品なんだろうか。恐るおそる階段を昇ってゆく。しかし『ナンセンスの博物誌』は300円で、『象牙の河馬』も300円だ。200円均一の棚まで用意されていた。尻っぽがあれば大きく振り回していただろう。

会場の隅では、事前に目録で申し込んだ人が、係員に抽選の結果を尋ねている。
「あ、みんな当たっていますね」
「ごめんなさい、今回はハズレのようです」
そんな悲喜こもごもを耳にしながら、私は私で、高値に吐息し、廉価に弾む。
小野佐世男おのさせお『美神の絵本』が2000円でがっかりしていたら、別の棚では200円だったのでびっくり。中身が違うのだろうかと、こちらで見たりあちらで確かめたり、急に忙しくなる。どちらも昭和29年発行の初版だし、ページ数も内容も同一のようだ。ただ状態にだいぶ差があって、ちょっと目録用語を真似てみれば、一方は「初カバ帯」、片や「初カバ少ヤブレ少シミ」というところだろうか。即売展には複数のお店が参加するわけだから、それぞれのお店の評価によって、同じ本が異なる値段で売られていることは珍しくない。函や帯の有無、きれいなのか傷んでいるのか、古書という「物」としての価値が、内容の優劣に関わらず、まずは外観の美醜に左右されることは当然だろう。その千差万別をいかに見極めるか、それが古書巡りの妙味でありまた試練である。
しかし2冊の小野佐世男、こちら2000円あちら200円。またひとつ古本世界の奥深さを垣間見たようで、頭がくらくらするのであった。もちろん200円のほうを選ぶ。財布と相談しながらの散歩者にとって、少しくらいの汚れはむしろいとおしい。2階では10冊購入。

会館の外に出ると、いつのまにか4時間も経っている。さほど広くなはい面積の会場をうろうろしただけなのに、ずいぶん遠いところを往復してきたような疲労と余韻と。秋の太陽は傾きかけていて、ランドセルを背負った仲良し3人組が、道端の野良猫に走り寄る。うずくまっていた白猫は、いくらか億劫そうに逃げてゆく。

2009年10月23日 今日の1階の1冊
*本の散歩展/南部古書会館
『蟻の足あと』支部沈黙(ぷやら新書/1962)200円

支部沈黙「蟻の足あと」表紙

2009年10月23日 今日の2階の1冊
*本の散歩展/南部古書会館
『美神の絵本』小野佐世男(四季新書/1954)200円

小野佐世男「美神の絵本」表紙

【2022年11月追記】
五反田の南部古書会館を初めて訪れて、これで東京の3つの古書会館を体験しました。
1階と2階と合わせて計18冊を買っている。よく買っているなあ、と今から振り返ってそう思います。
未知の世界に足を踏み入れて、その世界が、視界の先にどんどん広がってゆくような感じだったのでしょう。
買えば買うほど腕前が上がってゆくようにさえ思えるのは、これは入門者の特権なのかもしれません。
買えば買うほど買いたい本が増えてきて、困ったことにもなってきます。
そうは言っても、買い続けてゆくうちに、だんだん買える本が少なくなりもする。
あの本も持っているし、この本も持っている。まあ、これはこれで自然な成り行きだと言えそうです。
しかし南部会館に滞在4時間とは、なかなか粘っているじゃあないか。
最近は半分の2時間くらいか、さらに半分の1時間ほどで済ませることも多いです。
探す速度がそれだけ早くなったのだと、内心では上達を認めたいところですが、冷静に見れば、ただ単に気力体力が衰えてきたということなのではないかと……。
その後、ぷやら新書は、即売展や古本まつりの会場で、時々見かけます。
けれども『蝦夷糞尿談』だけは未だに出くわしません。