【2009年9月26日/2022年11月追記】東京古書会館初探訪

【2009年9月26日】
今日こそは机に積み上げたきりの古本を、どれでもよいから腰を据えて読書しようと決めたはずなのだが、外は上天気。神保町古書店地図をながめていると「毎週金土は即売展を開催」とあって、今日は土曜日。
そろそろいちど、古書会館を訪うてみるか。よし、行ってみよう。

神保町へ到着。しかしいきなり古書会館を目指すのは、なんだかせせこましいようで、というよりは、ほんとうに今日、即売展は開かれているのか確認していないので、先走っても仕方がない。
それに、何冊か肩慣らしの買物をしてからじゃないと、脱臼してしまいそうだ。いつものように@ワンダーから、順々に店頭を見て歩く。何軒目かの店先に〈紙魚之会〉という、水色のポスターが貼り出してあった。即売展のようだ。昨日と今日の日付が明示してある。どうやら即売展は開催されているらしい。ひと安心。
田村書店の百円均一段ボール箱から、ルイーゼ・リンザーの短篇集と、ユウモア全集の『後生楽』を買う。まずは今日の古本を買って、準備も整ったようなので、それでは古書会館へ新参いたしましょう。

誰の古書随筆だったか失念してしまったけれど、即売展ではまず入口で手荷物を預ける、と書いてあったはずだ。恰度、すぐ前を鞄を持った人が入場するところだったので、地下の会場に降りる階段を、金魚の糞となってその人にくっついて、その人がするように、真似をして鞄を預ける。鞄と引き換えに番号札をもらう。それでは、さあ会場へ。これが古書会館の即売展なんだ……。

早々からぼんやりしてしまうわけであるが、しかし何にしても、この初一歩の感慨というものは得難い体験だ。
売場の面積は、広大というほど広大でもなくて、百貨店の古本市を濃縮したような雰囲気だろうか。お客さんのほとんどは古本紳士で、古本淑女は見当たらない。たまたま今日がそうだっただけなのかもしれないけれど、これは百貨店の古本市とは大きく異なる印象だ。
入門者がうろうろするほどの隙間が残されていることに感謝しつつ、あとは諸先輩の邪魔にならぬよう、古書の空気を深呼吸することにしよう。

壁面の棚に沿って進み、入口からいちばん奥、棚の端っこからパラフィン紙にくるまれた控え目な小冊を手にとって見ると『思ひつき夫人』第三輯だった。これは今朝がた、横田順彌氏の『古書ワンダーランド』で紹介されていたのを読んだばかりだし、あるいは小林かいち画集の解説のなかで、絵葉書の作画をしたという関連から触れられているなど、著者の平井房人ひらいふさんどにはずいぶん興味を持っていた。
値段は2000円。なけなしの今日の手持ちからすると、いきなり半分近くを消費してしまう計算になるが、これはもう、きっとこうなるようにここに置かれていたのだろうから、従うほかはないだろう。
この先、古書会館の即売展を思い出すたびに、必ずこの小さな『思ひつき夫人』を一緒に思い出すことになるだろう。古本の神様、有難うございます。

それからあとは200円や500円の本を、1冊1冊、予算を超えないように暗算しながら棚をめぐる。こんなに真剣に足し算をするのはいつ以来だろう。
会計を済ませて、鞄を受け取って、階段を上り、外へ出る。
全身がのびやかに弾むようで、なんだかとても幸福だった。
それではミロンガで一服。プカー。

コーヒー代を払うと、財布には百円硬貨が数枚……もう1冊どこかで買えそうだ。

*東京古書会館/紙魚之会
『家庭報國思ひつき夫人』第三輯 平井房人(朝日新聞社/昭和14)2000円

思いつき夫人第3輯

【2022年11月追記】
東京古書会館、初探訪。ここから私の古本人生は大きく変わりました。
即売展が開催しているのかどうかも分からないまま、とりあえず神保町に行ってみたわけですが、古書会館へ一歩足を踏み出したときの胸の高ぶりは今でも忘れられません。
平井房人『思ひつき夫人』は全3冊です。第三輯購入の3年後くらいに第一輯を見つけたまではよかったのですが、それからまったく音信がなくなって、最後に残った第二輯を手に入れたのは、じつにおよそ12年後の2022年1月でありました。
本気で探すつもりなら、もっと早くに見つかったのでしょうけれど、ただうろうろするだけでも、とにかくうろうろしていれば、いつか見つかるということもあるのでしょう。