【2010年10月22日/2023年1月追記】『早起』とか『へそくり問答』とか

【2010年10月22日】
曇り。9時半、五反田。
古書会館への角を曲がると、駐車場の屋根の上で2匹の白猫が逢引していた。
本の散歩展。
1階は『国鉄繁昌記』青木槐三を皮切りに5冊。
『笑の泉』昭和30年9月特別号「風流奇談百家選第8集」の目次を見ると、平井房人、金子光晴、岩佐東一郎、中村正常、やなせたかし……、豪華な執筆陣に興奮する。
知らない雑誌の目次を見分するのは、ときに思わぬ発見があって愉しい。
2階では股旅堂の棚に『早起』だ。
岡崎武志氏が著作の中で紹介していた本だからと言って、それをいちいち買ってゆくのは工夫がないと言うのか、安直と言うのか、しかし表紙に、石黒男爵の題字だという黒ゴシック特大で『早起』と来られてはどうにも抗えなかった。
股旅堂からもう1冊、谷孫六『へそくり問答』。
谷孫六は、即売展ではそれほど珍しいわけではないということも分かり、またお金儲けの話が多いから、この頃はやや倦怠期でもあったのだが、『へそくり問答』と来られては……。
この小冊子は『世渡り秘訣百ヶ條』の姉妹篇とのことだが、もしそちらの『百ヶ條』を見つけたときは、ぶつぶつ呟きながらやっぱり買ってしまうのだろう。
新書判を2冊加えて、2階では4冊。

購入メモ
*本の散歩展/南部古書会館
『国鉄繁昌記』青木槐三(交通協力会)200円
『峠の記念祭』日吉早苗(紀元社)200円
『粋典』日置昌一(鱒書房)500円
『笑の泉』昭和30年9月特別号/風流奇談百家選第8集(笑の泉社)200円
『人の顔はなにを語るか』近藤日出造(ホリデー新書)300円
『早起』山本瀧之助(洛陽堂)500円
『へそくり問答』谷孫六(森田書房)500円
『珍説風俗ばなし』狭山温(あまとりあ社)300円
『艶筆のあと』田辺禎一(美和書院)500円

山本瀧之助「早起」表紙
『早起』山本瀧之助(洛陽堂/大正7)

続いて池袋へ行き、西口公園古本まつり。
50万冊という本の山が、ほとんど徒労となって過ぎてゆく。
そこに古本がある以上は素通りするわけにもゆかず、冷たい風が骨に沁みる。
テントに吊り下げた裸電球の微熱で暖をとる。
3時間ほどかけて1周。文庫1冊。嘉村礒多『業苦・崖の下』(講談社文芸文庫)400円。

【2023年1月追記】
南部古書会館の「本の散歩展」は年2回。4月と10月に開催します。
  ◇
岡崎武志氏が『早起』を紹介する文章はどこに収録されていたのだったか、当の本が手許に見当たらず、確認できません。
どこかにはあるはずだから、一応、捜索を試みましたが、すぐに無駄な努力と知りました。
ちくま文庫だったとは思うのですが……。
『早起』は、購入したまま、全く読まずに積ん読です。
古本にかぎらず、本全般に言えるのですが、書物エッセイや書評など、そこで取り上げている本よりも、その紹介文のほうが面白いということがあります。よくあります。
ちょっと思いつく名を挙げてみますと、植草甚一、内藤陳、横田順彌、北原尚彦、等々。これら達人の手にかかると、どんな本でもたちどころに輝き始めてしまいます。
語り口の妙、名人芸です。
もちろん岡崎氏もその一人。
世の中にはこんな本があったのかとまず驚き、文章に引き込まれて前のめりになり、それから自分でも探してみたくなって、さっそく古本屋へ。
実際に発見した暁には、舞い上がるような気分に包まれます。
ただし、そこから先が問題で、購入に満足して完結してしまうのか、きちんと読みこんでさらなる面白味を追求するのか、どうやらこのあたりに、俗物と達人とを分け隔てる要点がありそうです。
(苦しまぎれの弁解を申せば、買うだけでも古本は充分に愉しめる、のではないかと)
  ◇
谷孫六【たに・まごろく、1889(明治22)-1936(昭和11)】の本名は矢野正世。矢野錦浪(きんろう)または矢野きん坊という川柳の号があります。
以前、川柳漫画について調べてみた際に矢野錦浪の名に行き当たり、谷孫六の別名で経済に関する多くの著述があることを知るに及びました。
『川柳総合事典』(尾藤三柳編/雄山閣出版/平成8)の「錦浪」の項目中に、《谷孫六のペンネームで書いた蓄財法『岡辰押切帳』は爆発的ベストセラーとなり……》とありますが、なるほどベストセラーだけあって、『岡辰押切り帳』(大日本雄弁会講談社/昭和4年)は即売展会場でも折に触れて出回るようです。ちなみに同書の副題は「金儲け実際談」です。
いつだったかの即売展では、孫六の個人全集である「貨殖全集」が、まとめて放出されていたこともありました。
1冊200円だったと記憶しますが、『金脈太功記』とか『財界診断術』とか、いくら特価とはいえ、さすがに手が伸びませんでした。

谷孫六「へそくり問答」表紙
『へそくり問答』谷孫六(森田書房/昭和10)