【2010年10月23日】
高円寺、好書会。
ガレージにて『めらし宿』という不思議な題名の本を見る。
著者、宇佐美省吾の名は聞いたことがない。電気新聞に連載された随筆を集めたものだそうだが、その〈電気新聞〉の響きがピリッとアンテナをふるわせた(ような気がした)ので購入する。展望社刊、200円。
室内会場では竹陽書房の棚から100円の鉄道を3冊。『小田急』生方良雄/諸河久、『東急』宮田道一、『世界の鉄道』久保田博。すべて保育社カラーブックス。
都丸支店の店頭からは100円のウイスキー。矢口純『ウイスキー賛歌』(集英社文庫)。
つづいて中野ブロードウェイを目指して歩く。
このあいだの日曜日、まんだらけに南川潤の小説集が2冊あって、一旦は買うつもりで手にしたのだが、そのあと他に買いたい本が現われたこともあり、最終的には購入見送りとなった。
南川潤の名は、どこかで見たことがあるような、ないような。あってもなくても、なんとなく気になることに変わりはない。気になるなら最初から買っておけばよさそうなものだが、先日読んだ山本善行氏の書名のとおり(『古本のことしか頭になかった』)、こうして古本のことで頭を一杯にして爽やかな秋の街路を歩くのも、なかなか乙なものではないだろうか。
乙かどうかはともかく、あんまり頭を一杯にしてしまうと周りが見えなくなって自転車にぶつかりそうになったりするから、まず危ない。ほどほどにしておいたほうがよいのだろう。
まんだらけ。2冊の南川潤、『掌の性』(美紀書房)と『風俗十日』(世界文庫)、入手する。どちらも315円。
ついでに絵本の棚を眺めるとタイガー立石『とらのゆめ』発見するも、1260円としっかりした値段がついていた。昨日の南部古書会館でも見かけていたのだが800円だった。「こどものとも」は300円を超えるとためらいが生じる。
今日は南川潤が目的だったので、ブロードウェイはそれだけにして荻窪へ移動。
ささま書店の店頭105円棚から白石凡『サンチョ・パンサの言葉』(中央公論社)。じつは白石凡の名も岡崎武志氏の著作によって知ったのであり、なんだかんだ言って、氏の足跡をなぞるばかり。
店内に入ると、ソノラマ文庫海外シリーズが何冊か並んでいた。『冷凍の美少女』は見当たらなかったが、試しに『モンスター誕生』を見てみると、価格はまんだらけのおよそ半値といったところ。まあ、今日は穏やかに見送ったのだが、ソノラマ文庫に触れているうちにSF気分が催してきたのかどうか、『東欧SF傑作集』上・下(創元SF文庫)2冊1260円を買ってみる。
美術書の棚では中村宏『タブロオ機械』。中村宏が不思議な絵を描く画家であることは、ぼんやり頭の中に入っているのだけれど、その名前をつい最近、どこかで見かけたばかりだ。どこだったか。ううん、思い出せない。4200円では気軽に買って帰るわけにもゆかないし、むずむずする。
時刻は午後3時。
西荻窪をもうひとまわりするか、それとも吉祥寺にするか、考えながら、そのまま通過。過ぎ去る車窓風景を眺めるともなく眺めていたら思い出した。中村宏の名は『装幀列伝』の中で見たのだった。思い出したからと言って、何がどうなるわけでもない日々のうろうろ。ま、ひとつ、すっきりした。
国分寺で電車を降り、駅ビルの紀伊國屋書店でウェッジ文庫を探すも見つからず。昨日から積極的に新刊書店を訪れては探してみるのだが、池袋のリブロにわずか4冊が並んでいたほかは、高円寺、中野、国分寺と、今のところ影も形もなし。
なぜ探すのかと言えば、『古本のことしか頭になかった』を読んでウェッジ文庫の休刊を知り、あたふたしている始末である。
神保町ならあるだろうという期待も、皆がそう思って詰めかけたら真っ先に一掃されてしまうのではないかと、また別の方面から不安がよぎる。
平山蘆江『東京おぼえ帳』や岩本素白『東海道品川宿』などは、新刊で買えるあいだに、いつかそのうち買っておくつもりであったのだが、そのうちとは、永遠にそのうちなのだ。
ついでなので、ブックセンターいとう国分寺店に寄る。エロ本に傾く気配もあったのだが角度が変わり、講談社文芸文庫の川崎長太郎へと旋回する。『抹香町・路傍』『鳳仙花』各500円。
その横に目をやると、おや、ウェッジ文庫が1冊ある。しかし蘆江ではなく泣菫だった。惜しい、あと一歩。古本の神様の一寸した悪戯なのである。痒い場所のすぐ脇をツンと突っつく。しかし200円ではあるし、次へつながる願掛けをこめて買っておこう。薄田泣菫『独楽園』。
最後に小林しのぶ『「駅弁」知る、食べる、選ぶ』(JTBマイロネBOOKS)400円。
【2023年2月追記】
「めらし」とは《東北北部で一人前の娘のこと。成女》。
「めらし宿」は「娘宿」と同意で、《娘組の寝宿。村のしかるべき家を宿親にたのみ、同年輩の未婚の女性が夜ごとに集まって、夜なべをしたり、話をしたりする》。対語は「若衆宿」。
以上『広辞苑』(岩波書店)を引きました。
本の題名になっているくらいですから、当然『めらし宿』を繙けば、そのあたりのことが書かれているはずです。
しかし10年前に買った本が今どこに埋もれているのか、10年かけて探さないと見つからないようです。溜息…。
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南川潤【みなみかわ・じゅん、1913(大正2)-1955(昭和30)】は小説家で、多くの風俗小説を執筆しました。
この日買った『掌の性』は、表紙にも小さく印刷してあるとおり、三田文学賞受賞作なのですが、買うだけ買って、1ページも読まないうちに興味が薄れてしまったのは、作家に対してたいへん申し訳ないことです。
多数の著書がありますから、古本で見かけることは珍しくありません。即売展の会場で、南川潤の名を見かければ、後ろめたい気持にならないこともないのですけれど、すみません、と頭を下げて素通りします。
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「ウェッジ文庫」は、2007年10月に中西進『日本人の忘れもの1』他3冊を刊行して始まり、2010年2月、十河信二『有法子』と室生犀星『天馬の脚』の2冊をもって休刊となりました。
全部で30数冊、刊行期間は僅か2年4か月と短命に終わりましたが、他ではなかなか読めない、手軽に入手できない作品が次々と収録されるという素晴らしい文庫でした。
岩佐東一郎『書痴半代記』、『新編燈火頰杖』浅見淵、『明治少年懐古』川上澄生、『明治文壇の人々』馬場孤蝶、『作家の手』野口冨士男、『獏の舌』内田魯庵、『東京おぼえ帳』平山蘆江、『東海道品川宿』岩本素白……。
休刊を知って慌てて買いに走るとは、お恥ずかしいかぎりです。
しかし過去のサンリオSF文庫のように、休刊後に古書価が跳ね上がるのではないかと、当時はずいぶんあせりました。
結果としては高騰には至らず、他の文庫に比べるとやはり出品量が少ないとはいえ、1000円以下でも買える状況が続いているのは、読者としては助かります。
なお一部の書目は、現在も在庫があり新刊で流通しているようです。
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「ブックセンターいとう国分寺店」は2023年3月31日で閉店となります。
営業時間、10時~20時。定休日、月曜・木曜。