【2010年11月26日】
南部古書会館、五反田遊古会。
1階で名取洋之助写真の岩波写真文庫『アメリカ人』200円。石川欣一『随筆世界の春』(春光社)100円。
それを買ってどうするつもりかと思うのだが200円だったので通叢書の『をどり通』小寺融吉。
2階に上がって、まずは200円均一の棚を見ると、先日の好書会で目前をきらきら輝きながら去って行った『岩波写真文庫―目録―』が、同じようにきらきら輝きながら現われた。
昭和29年3月現在版。写真文庫と同じ大きさ、同じ装幀で、表紙に丸善の印が捺してある。もともとは丸善の備品だった1冊が、どこをどう経巡ってここに流れ着いたのかは知るよしもないのだが、目録の立場になれば、丸善からどこの馬の骨とも分からない散歩者の手許へと、とんだ都落ちだったことだろう。
そこは古本の運命なのだと諦めてもらうことにして、廃棄の難を免れてしぶとく生き残ってきた1冊に巡り合えたのだから縁起がよい。
2冊目は十返肇『文壇放浪記』(角川書店)500円。
その次に手にとったのは宇津木賢詩集『薄明抄』なのだが、宇津木賢という詩人は丸で知らなかった。ほんとうに私は何も知らない(即売展おのれの無知をあぶりだす、五七五)。
版元は斎藤昌三の書物展望社。古本世界に分け入るようになれば、どうしたって書物展望社は視界に入ってくる出版社だ。書物展望社ならば何でもよいというわけではないのだろうが、1冊くらいは書物展望社の本を買ってみたいと初心者は憧憬するのである。
今日の『薄明抄』は裸本ながら、本体の装幀は恩地孝四郎が担当している。限定100部と記してある。
欲しいことは欲しいが、2000円では即決というわけにも参らぬ。棚に返す。
萬鉄五郎『鉄人画論』(中央公論美術出版)があった。
目録でも即売展でも、たいてい2500円くらいの値が付くはずで、これが1500円だったら買うのだが、と函から本体を取り出すと念が通じたのか1500円だった。これなら即決。
うさぎ書林の棚の上段には、下川凹天『実習指導漫画の描き方』(弘文社)が表紙をこちらに向けて置いてあった。漫画を描くわけではないが、凹天さんの本は珍しいからこれも即決、2000円。
好打の連発に気分が高まったので『薄明抄』、買うことにする。
もういちど1階のガレージ会場をうろうろすると『婦人公論』が幾冊か並んでいる。
ずいぶん薄手の冊子で、瘦せ尾根のような背表紙に、婦人公論、昭和二十三年、と、かろうじて活字が乗っかっている。さっきは見落としていた。
いちばん右端の1冊、昭和23年11月号を抜き出して目次をめくると「巻頭言…野上弥生子」の隣りに「詩…長谷川潾二郎」とある。アタリ!
終戦後の『婦人公論』に長谷川潾二郎の詩が掲載されていることは、平塚美術館の長谷川潾二郎展で買い求めた画文集『静かな奇譚』に書誌が載っていて、以来、それとなく『婦人公論』は気にかけていた雑誌なのである。
そのくせ、何年の何月号か、きちんと頭に叩き込んでおかないのは詰めが甘いのだが、出鱈目式の行き当たりばったりでも、こうして吸いつくように到来する古本の不思議。
売価200円。200円でこんなに興奮できる世界がほかにあるだろうか。興奮するのはおまえだけだと言われればそれまでだ。
五反田駅で『鶴見線・南武支線ガイドブック』というパンフレットを手に入れる。開業80周年なのだそうだ。
こうして無料で配られるパンフレットやチラシの類いも、あと半世紀もすれば古本屋の商品として値段が付くのだろうかと、最近は、色々な印刷物を見るたびに未来の古書価をいちいち想像してしまう。
五反田遊古会の次は新宿駅の地下広場で開催中の新宿西口古本まつり。
つげ忠雄の漫画とエッセイ(題名忘レタ)1890円、カラーブックス『写真で見る日本の本』『写真で見る西洋の本』2冊揃800円、岩波文庫『食道楽』2冊揃800円、岩波文庫『踊る地平線』2冊揃630円、山本千代喜『酒の書物』の裸本が6300円、別の棚では同書の函入りが3150円……。
客というよりは、販売価格の調査員に成り下がっているうちに、だんだん腹が減ってきた。
広場や公園の古本まつりでは、通行人の、特に女性の足を止めるために、料理や手芸などの、大判の本を揃えるお店が必ずある。
それで『洋食のおべんとう』や『簡単なおかず百選』なんかをしばらく立ち読みして、そのまま、何も買わずに退散となる。
【2023年2月追記】図書目録
それぞれの出版社が、自社の刊行書目をまとめた図書目録を発行することがあります。
題名、著者名(訳者名)、定価、解説文などが記載されたカタログです。
最も目に触れる機会が多いのは、文庫本の目録でしょう。
新刊書店では、紐をくくりつけて、棚の端っこに吊るしてあります。
大きな書店へ行くと、各種目録を無料で配布していることがありますが、それらを頂戴して持ち帰るというのは、本屋巡りの愉しみのひとつです。
本そのものよりも、目録を眺めているほうが面白いとさえ思うのは、本末転倒でありましょう。
しかし端的な解説文が興味の壺を絶妙につついてくれるところは、映画の予告篇と似ています。
岩波文庫やハヤカワ・ポケット・ミステリなど、解説目録が販売商品として公刊されるシリーズもあります。目録愛好者は決して少なくないということなのか、それだけ需要の見込みがあるということのようです。
ほとんどすべての図書目録は非売品です。最新版であれば出版社に請求すれば送ってくれるはずです。
過去の目録となると、出版社や新刊書店にとっては差し当たって不要品となりますから、順次処分されてしまうでしょう。
一方、読者にとって昔の目録は、決して無用の長物ではありません。
品切れや絶版になった書目、思いがけない作者の思いがけない作品が載っていて、書誌カタログとして重要な参考書となります。
刊行が終わったシリーズ(岩波写真文庫もそのひとつです)や、あるいは現存しない出版社の目録となると、いよいよ価値は高まります。
そうしてそれら過去の目録は、どこからともなく古本市場に流れ込んできては、古本好きの眼を愉しませてくれるわけです。