【2010年11月19日/2023年2月追記】巌松堂図書の閉店謝恩セール

【2010年11月19日】
東京古書会館、趣味展。
開場一番、頑張って扶桑書房の棚に突進。しかしやっぱり弾き出される。
雑誌『宝石』を次々と抜き取っては抱え込む先鋭に、横からちょんと肩をつついて「あんまり抜かないでよ」と、茶々を入れている人がいる。書友とでも言う間柄なのだろうか。つつかれた先鋭は照れ笑いで返答しながらも、手は緩めない。
ようやく出来た空隙に身をすべらせて、福永武彦や十返肇を手にとって一息ついていると、そこへ恰度、扶桑書房の御主人が現われて幾冊かを補充する。その中に北村小松の名が見えたのであたふたしながら『糞坊主』(この題名……)確保する。私は私なりに奮闘するのである。
さらに、こつう豆本を2冊。扶桑書房の棚をひととおり見終わると、ひと仕事終えたという気分になってしまうし、実際、今日はこのあと写真集の新刊書で1冊買いたいものがあるので、あるかなしかの予算はすでに逼迫しているのだ。
弘南堂書店が寺山修司『猫の館』を出品している。10000円。中村橋駅前の古本屋でこの本を見かけたのは何年前だったか、あれはたしか練馬区立美術館の小熊秀雄展の帰りがけに立ち寄ったのだったろうか。値段は覚えていないが、10000円ということはなかったはず。
買っておけばよかったなと、今頃になって思う。ひょっとしたら、あのときのあの場所にまだ売れ残っているかも?
銀装堂の棚に奥野他見男『蛙の盆踊り』発見する。しかし値札がついていない。
500円以下なら買うつもりで、けれども、もし800円と言われたらどうやって断ればよいのだろうと不安を抱えつつ帳場で尋ねると、500円とのことだったのでほっとした。

購入メモ
*趣味展/東京古書会館
『夢百首雑百首』福永武彦(中央公論社)300円
『現代文学白書』十返肇(東方社)200円
『糞坊主』北村小松(小説朝日社)800円
『古本屋四方山話』山田朝一(日本古書通信社こつう豆本)500円
『古書展覚え書』太田臨一郎(こつう豆本)500円
『蛙の盆踊り』奥野他見男(東京楽譜出版社)500円

北村小松「糞坊主」表紙
『糞坊主』北村小松(小説朝日社/1952)
*パラフィン紙が掛かっています

即売展のあとはいつものように、三茶書房から小宮山書店ガレージへと進み、田村書店まで辿り着くと、店先で何やらテレビ撮影をしている。何の取材かは知らないが、ただでさえ混雑している店頭台にテレビカメラが占拠するとは図々しいのじゃあるまいか、どきたまえNHK!
もちろんそれを口に出す勇気はないので黙って小宮山書店の陰に避難してしばらく待つ。
撮影が終わって、ようやく100円均一段ボール箱に取り掛かり、隅から隅まで掻きまわし、右側の平台に移るときにチラッと後ろを見たらいつのまにかまた撮っている。今日、田村書店の店頭で何も見つからなかったのは全部NHKのせいにしてしまおう。

巌松堂が閉店とは驚いた。
全品300円(全集、揃い物は値札の半額)の赤札に一瞬は小躍りしたものの、よくよく見ればそれは閉店謝恩の貼紙なのだった。明後日の日曜日で店仕舞いなんだそうである。
300円均一の大放出は6日から始まっていたようなのだが、最初のころはきっと凄まじい奪い合いが展開されたのでは。
もはや2階の売り場は締め切られて、1階の本棚もあちこち隙間だらけだ。
それでも次から次へと客は押し寄せるのであるが、帳場に立った老主人はどこか放心の態で、最後まで残っている本も半ば抜殻のように虚ろに見えるのは、たしかに店主の分身だからなのだろう。
神田古本まつりの折に全品半額を決行したのは、閉店への伏線だったのか、と思い当たる。
それにしても、つい三日前にここを通り掛かったときになぜ気づかなかったのか。我が身の迂闊が恨めしい。そう言えば、今までいつも1階の帳場で穏やかに客を迎えていた黒縁眼鏡の番頭さんの姿が、今日は見当たらない。
最後に何か買わなければと焦る。何を買えばよいのか気が動顚して判らない。
ようやくエリ・ヴィーゼル『死者の歌』(晶文社)を手にとるものの、これは持っているような気もする。持っていても持っていなくても、今はそんな些事にこだわっている場合ではないだろう。最後の買物をする。
しかしいったい、どんな事情があっての閉店廃業なのか。店を出れば俄かにゴシップ的な興味が湧いてしまうあたりは浅ましいのだが、それはそれとして、無くなるものは無くなるもので仕様がないし、斯くなるうえは、御主人には是非いつか『巌松堂図書一代記』を著わして頂きたいと思わずにはいられないのである。

古書店街を駿河台下へと引き返し、三省堂書店で鈴木清写真集『流れの歌』(白水社)、購入する。5040円。
先日、白水社から送られてきた出版ダイジェスト紙に紹介されていたのだが、鈴木清という写真家は全く知らなかった。知らなくても、幻の写真集ついに復刻、と煽られてはじっとしてはいられなかった。
4階の美術書の棚に向かうとき、すれ違った店員さんの胸の名札に〈O〉の文字が見えた。もしかすると、新聞の書籍広告面で『昔日の客』を紹介してくださったあのOさんなのだろうか。もちろん話しかける度胸はないので心の中で『昔日の客』のお礼を述べた。

ミロンガで珈琲。
古書会館でもらった目録を眺めながら、煙草のケムリにもやもやと絡むのは、巌松堂の光景である。
一陣の寂しさを紛らわすには古本しかないということで、そのあとしばらく、あちこちの店を覗いて歩く。すずらん通り、風月洞書店の店頭より『お茶漬けとおにぎり』酒井佐和子/河野貞子/吉沢久子(中央公論社)100円を買う。

【2023年2月追記】
「巌松堂図書」の閉店にはほんとうにびっくりしました。
当初は、その事実を受け入れるのが困難なほどでしたが、終焉を見届けることができたのは幸運だったと、今では思います。
翌2011年7月、巌松堂図書の店舗跡には「澤口書店」が新しい支店を開店し、古本屋は次代へと受け継がれました。
支店名は「巌松堂ビル店」と、昔の名前が残ります。

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巌松堂図書
【2010年10月27日/2023年2月追記】第51回神田古本まつり

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『蛙の盆踊り』を出品していた「銀装堂書店」はその後趣味展を退会され、現在は即売展の参加はありません。
板橋区の大山に店舗を構えていた時期もありましたが、そちらもすでに閉店しています。
そして、2020年頃でしょうか、詳しい時期は不明なのですが、府中市の天神町に移転して、新たな営業を始めたようです。
2022年の暮れに訪れてみた際には、店頭均一棚の無人販売のみを行なっていました。棚にくくりつけた料金箱に本の代金を入れて購入します。他ではなかなか味わえない、愉快な古本体験でした。
入口の扉には〈店内改装中〉の貼紙があり、今後の展開がとても気になります。
店内も合わせて古本を販売するようになったら、さっそく再訪したい古本屋さんです。
  ◇
すずらん通りの「風月洞書店」は2018年12月末で閉店となりました。
その店舗跡には翌2019年「虔十書林」が入り、現在も営業しています。

奥野他見男「蛙の盆踊り」表紙
『蛙の盆踊り』奥野他見男(東京楽譜出版社/昭和22)