【2010年12月30日/2023年3月追記】年の瀬のささま書店「この本は愉しめますよ」

【2010年12月30日】
ささま書店へ。
店頭均一棚から岡鹿之助『フランスの画家たち』(中央公論社)105円。
店内に入ると、帳場には普段は見かけない御老体が立っておられる。ささま書店の総代表ということなのか、それとも一線からは退いた先代の御主人ということなのか、そのあたりの事情は分からないけれども、年内の営業は今日までだから、1年の締めくくりに真打のご登場ということなのかもしれない。
この異例の光景に気を引かれるのは私だけではないらしく、他のお客さんが御老体に話しかけている。
「失礼ですがおいくつになられますか」「80です」
帳場でのそんなやりとりを耳にしながら、漫画、文庫、児童書、図録、美術と、いつもの順路で棚を歩き、文学の棚にEDI叢書の第Ⅰ期6冊揃を見つける。
6冊のうちわけは『加能作次郎三篇』『十一谷義三郎五篇』『中戸川吉二三篇』『中山省三郎七篇』『富ノ澤麟太郎三篇』『水野仙子四篇』。
揃いの価格5250円は安くはないが、ほとんど目にする機会のない富ノ澤麟太郎や水野仙子の作品を読むことができてこの値段なら、決して高くはないだろう。
思い切って購入することにして帳場へ赴くと、しかし御老体が興味を示したのは、105円の『フランスの画家たち』のほうだった。
さッとページをめくり、「書き込みがある、勿体無いな」と言いながらも「この本は愉しめますよ」と、太鼓判を押してくださる。
105円の均一本に、こういう一言を戴けるのだし、105円の均一本でも邪険には扱わない。ささま書店とはそういう古本屋なのだろう。

岡鹿之助「フランスの画家たち」表紙
『フランスの画家たち』岡鹿之助(中央公論社/昭和24)
*パラフィン紙が掛かっています

新宿、京王百貨店の7階へふたたび登楼。歳末古書市。
扶桑文庫の〈雑資料〉の箱の中から、3日前は金額と折合いのつかなかった《現代ユウモア全集内容見本》2500円なのだが、この際だから買うことにする。
今日は出端のささま書店から奮発しているし、年末だし、気分が大きくなっているのである。
さらに十一谷義三郎随筆集『ちりがみ文章』(厚生閣)なんていう本を見つけて、これは3日前は見落としている。
そのときの心持や、そのときの懐具合によって、見えたり見えなかったり。じつに古本は私自身の投射なのである。2100円。内容見本と合わせて購入。

「現代ユウモア全集内容見本」表紙
《現代ユウモア全集内容見本》

【2023年3月追記】ささま書店の御老体
荻窪「ささま書店」の帳場に立つ御老体をお見かけしたのは、この日が唯一だったか、ほかに2、3回あったかどうか、記憶は定かではないのですが、ほんの数えるほどの回数であったことはたしかです。
『中央線古本屋合算地図』のなかに、岩森正文氏(岩森書店)と竹中和雄氏(竹中書店)との座談会が収録されています(聞き手、岡崎武志氏)。
岩森書店と竹中書店はどちらも荻窪の老舗古書店です。
その座談会のなかで、ささま書店に触れている箇所があり、笹間元一氏が麻布十番で古本屋を始めたことや、立ち退きにあって荻窪へ移転したこと、また当初の店名は「笹間書店」と漢字表記であったことなどが言及されています。
先代社長の笹間氏が現在の社長(伊東淳司氏)にお店を譲られたという岡崎氏の補足説明があり、その後もしばらくはお店の帳場に立っていらしたということですから、この日お見かけした御老体は、どうやら先代の笹間元一氏だったようです。
岡崎氏は、ささま書店の帳場の床が底上げしてあったのは笹間氏の背が低かったからだというエピソードも紹介しています。
(参照『中央線古本屋合算地図』岡崎武志・小山力也編著/盛林堂書房/2017)

たしかに、ささま書店の帳場の中は一段高くなっていました。
そう言えば、帳場で接した御老体は私より背が高く見えたのだったかどうか。と、ちょっとそのあたりまでは思い出せませんが、体軀は小柄でも、大きな人物に見えたことだけは間違いありません。
ささま書店は2020年4月に閉店しました。
中央線沿いの名店が無くなってしまうのはたいへん淋しい出来事でしたが、その店舗を受け継いで、同年7月からは「古書ワルツ荻窪店」が営業しています。店頭の均一棚も以前のままです。古本屋の灯は保たれました。
荻窪駅のプラットホームから見える「岩森書店」、その脇の商店街を入った先の「竹中書店」、2軒の老舗は現在も盛業中です。