【2010年3月14日】
新宿サブナードの通路のまんなかに、袴姿の乙女が一人、身じろぎもせずまばたきもせず直立していて、朝一番から妖艶だった。
さて、古本浪漫洲。先月の探訪では1冊も買えなかったけれど、300円均一の今回はどうだろう。
出だしこそおっとりしていたものの、程なく今和次郎『女性服装史』(相模書房)を手にしてまずはすっきり。今和次郎は服装の研究もしていたのか、と古本市の会場で古本に教えてもらう。
続いて『社会百面相』(報知新聞社)。この本は以前、神保町の即売展で、糸のほどけてばらばらになった1冊を見かけている。今日の1冊はほどけていないようだ。角書きに「川柳漫画と番附いろいろ」とあるとおり、谷脇素文の川柳漫画に、色々な番附表が織り交ぜてある。昭和6年刊で、難読苗字や花言葉や電話番号や、なんでも番附にするのが当時の流行だったのかしらん。元々の値札は1000円だ(古本浪漫洲の300円均一ではどうしても元値を記してしまう)。
さらに同じ棚の下には粋筆の新書判が多数。
・『かぎ穴』白川清治(日本文芸社軽随筆文庫)
・『駅前産婦人科』中村泰助(ナイト・ブックス)
・『べっどるうむ・えちけっと』原比露志(あまとりあ社)
・『どくとる氏のいろ艶筆』赤枝郁郎(サンデー新書)
・『エロス美術館』山下諭一(三崎書房バニーブックス)
・『女のあくび』木崎国嘉(徳間書店)
・『可愛い悪女たち』蠣崎要(文華新書)
どれも元値は500円。本日は快哉なり。
会計の段になって気づいたのだが、今回は購入9冊すべて九曜書房の出品だった。
ふいによみがえるのは昨日の即売展で耳にした台詞。「包むのはよその店の本ばっかり!」。
会計当番氏の、半分は冗談としても、半分は本心からこぼした愚痴だったのかもしれず、それで今、目の前で一枚一枚値札を剝がしている当番さんが九曜書房の御主人ではないとしたら……、と、つい顔色をうかがってしまう。
荻窪へは丸の内線で。
11時半、ささま書店はまだ開店したばかりのはずだが、店頭棚にはすでに7人、8人と、漁書に励んでいる。品出しをする店員さんと親しげに挨拶を交わしている人もいるから、きっと近所の常連さんなのだろう。毎朝、ささま書店。うらやましいな。
『夢みる乙女』エルマー・ライス(早川書房)など、105円の本ばかりを6冊。
西荻窪へ移動して盛林堂書房。
ここのお店の店頭も、本の量はさほどではないけれど、何かしらの棒に当たる。今日の棒は、大正15年の『蟲のゐどころ』(至誠堂書店)100円。著者、杉村楚人冠の名はどこかで見たような覚えもあるが。さて。
道路をはさんだ眼鏡屋のラジオからNHKのど自慢の鐘が鳴りわたり、春はうららか。
風は無く、昨日よりは気温が低いせいか、くしゃみも鼻水もどうにか穏やか。昨日はチリ紙の携帯を忘れて難渋したから、今日の鞄には使い切れないほどのポケットティッシュを用意してある。
持参した『おに吉古本案内』をひろげて、駅の北側の興居島屋を初探訪。
絵葉書やマッチラベルやその他の紙片が、古書の邪魔にならない程度に陳列されていて、整頓された混沌という趣きだった。古書店とは、その丸ごとが店主の作品なのだと、しみじみ感じ入る。
タイガー立石『顔の美術館』(福音館書店たくさんのふしぎ)と、伊藤逸平編著『現代の漫画』(現代教養文庫)、共に200円。安い買物に落ち着くわけだけれども、とにかく何か買えてよかった。
駅への途中にあるどんぐり舎という喫茶店も雰囲気のよい佇まい。
「お(荻窪)、に(西荻窪)、吉(吉祥寺)」の順番どおり、最後は吉祥寺。
よみた屋の店頭で『おりがみ・きりがみ』という本を手にとると、ページのあいだから忘れ形見のように、緑やだいだい色の折り紙がはらはらとこぼれ落ちた。拾い上げて、ページにはさんで、本を棚に戻す。
古本案内を頼りに、つぎはすうさい堂を探すが見つからず。地図上に星印を打ってある辺り、雑貨屋が何軒か並んでいたけれど、その中のひとつがそうだったのか?
藤井書店では『わが俗舌』飯沢匡(サンデー新書)150円、『出版の先駆者』田所太郎(カッパブックス)200円、新書判を2冊。
そういえばたしか、吉祥寺の伊勢丹は今月中に閉店するはずではなかったかと、伊勢丹の前を通りかかったら、今日がその営業最終日だった。ちょっと覗いてみる。
古書即売展の混雑はまだ辛抱できるとしても、デパートの混雑はもう私の力量ではどうにもならない。眼がまわる。それなのに何を思ったのか、オリーブオイル特売210円の行列の並んでしまう。
伊勢丹を出て、急いで外口書店へ行き一息つき、それから古本センターで『男狩りブルース』立花志恵子(ベストセラーシリーズ)300円、古本を買って、ようやく脈拍が落ち着く。
3月14日 今日の1冊
*古本浪漫洲/新宿サブナード
『社会百面相』(報知新聞社/昭和6)300円
【2022年12月追記】
新宿サブナードの「古本浪漫洲(ロマンス)」は現在も続く古本市です(次回は2023年1月に開催が予定されています)。
当時と今とでは参加店の入れ替わりがあって、この日の「九曜書房」は現在は参加していません。
『おに吉古本案内』は、中央線の「お(荻窪)、に(西荻窪)、吉(吉祥寺)」、隣り合う3つの駅の周辺にある古本屋さんを案内する小冊子です。
私の手許には第1号(2003年5月発行)、第3号(2005年10月発行)、第4号(2009年6月発行)の3冊がありますが、各冊とも16ページで、古本屋案内地図だけではなくエッセイやマンガのページもあり、読み物としてもたのしめる愉快なガイドブックです。
編集長は岡崎武志氏。デザインは石丸澄子氏が手掛けています(第4号の表紙は西村博子氏)。
この『おに吉古本案内』は、掲載されている古本屋さんに置いてあり、無料で配布していました。
その後、第5号の発行はあったのかどうか、全部で何冊だったのかは詳らかにしません。
第3号と第4号は発行当時に古本屋さんでもらったのですが、第1号は後年、即売展で購入しました。
無料配布の古本屋地図などは、その時代の古本屋を示す貴重な資料とも言えるのですが、時が経ってから探すとなると、なかなかの難物です。
薄い冊子か、または小さな紙片であるため、加えて只でもらえるということも手伝ってしまうのか、書籍に比べると散逸しやすいのでしょう。
それでもたまに、即売展や古本屋の片隅にひょっこり現われることがあります。見つけた瞬間はうれしいものです。
この日、『おに吉古本案内』を片手に訪れた古本屋さんのうち、荻窪の「ささま書店」、西荻窪の「興居島屋(ごごしまや)」、吉祥寺の「すうさい堂」、この3軒はすでに閉店しています。
ささま書店(2020年4月閉店)の店舗跡は「古書ワルツ荻窪店」に引き継がれて現在も営業。
興居島屋は、のちに「なずな屋」と改名して営業を続けていましたが、その後閉店(時期不詳)。
見つけ出せなかった吉祥寺のすうさい堂は、しばらく後に無事初探訪を果たしますが、その後閉店となりました(こちらも時期不詳)。
今日のオマケの1冊
『おに吉古本案内』第1号(2003年5月)