【2010年3月30日/2022年12月追記】連日のSL広場、新橋古本市

【2010年3月30日】
青空が広がる。
新橋古本市は土曜日に、即売展のついでに再訪するつもりだったのだが、また雨に見舞われるとがっかりなので、晴れているうちに出かけることにした。
風は冷たいままだが、SL広場には昨日とは一転して穏やかな日が照っている。これなら天幕の滝に打たれる心配もない。のんびり書棚を歩く。

ブリーンの『あなたはタバコがやめられる』を見かけるが、この本はすでに持っている。しかし棚から抜き出してみると、以前に買った初版とは表紙が異なる。こちらは真鍋博の装幀だ。再版にあたって衣替えをしたらしい。
知っている本でも知らない本があるのだなと、愉快を覚えつつ元に戻す。100円だから、そのまま買ってもよかったのだが……。

昨日は見ることのできなかった棚をめぐり、川村敬吉『文学と医学をめぐる随想』(現代新書)200円。新書判とはいえ、題名からして粋筆という趣きではないのだが、このあいだ明大前の古本大学で同じ著者の『はだしになった医者』を買ったばかりであり、これも何かの縁と思って買うことにする。
すこし目を移すと、やや! 『おいろけ随筆』じゃないか。
昨日、まんだらけで見かけるまでは今迄いちども見たことはなかったのに、見かけるとなると連発だ。
不思議だなと『おいろけ随筆』を片手に持って、しばらく放心する。
皮肉なことには、今日見つけた1冊のほうが状態が良くて、背表紙も汚れていないし印刷も薄れていない。
値段350円と、昨日より140円高いだけ。どうしてこちらが先ではなかったか、古本の神様はときどき悪戯だ。2冊は要らないから元に戻す。動揺して、その近くにあった『にっぽん女風土誌』高木則夫(日本文芸社)250円を見落とすところだった。

帰り道は今日もブロードウェイに寄道。
昨日『おいろけ随筆』と一緒に買った『催眠歌』は、湯川弘文社の「新詩叢書」の1冊だが、じつはまんだらけの棚には、もうずいぶん前から、この新詩叢書が7、8冊ほど並んでいた。
今までどうして買わなかったのかというと、おのれの感度が鈍かったからにほかならぬ。
岩佐東一郎『書痴半代記』や、内堀弘『ボン書店の幻』を読んで、ようやくのように気づかされるわけである。
今日は『紙の薔薇』近藤東、『海市帖』笹澤美明、『麁草』竹村俊郎、3冊を買い集める。『紙の薔薇』だけが少し高くて1890円。あとの2冊は各840円。

2010年3月30日 今日の1冊
*新橋古本市/新橋SL広場
『にっぽん女風土誌』高木則夫(日本文芸社/昭和42)250円

高木則夫「にっぽん女風土誌」表紙

【2022年12月追記】
今まで見たことのなかった本が、いちど見かけたとなると、またすぐ見つかる。
古本巡りをしていると、たびたび経験します。
不思議なことです。
ただ、神秘的とばかりは言えないようで、いちど現物を見た本というのは、大きさ、厚さ、背表紙の色合い、などが頭に入っていますから、その次も目に入り易くなっているのでしょう。
最初に見つけた1冊よりも、その次に見つけた1冊のほうが、なぜだか状態が良かったり、値段が安かったり、不思議といえばこちらのほうが不思議です。

『書痴半代記』や『ボン書店の幻』を読んで、どうして「新詩叢書」が気になり始めたのか、両書に当たって理由を確かめようとしたのですが、両書ともどこかに埋もれていて確かめられません。
『麁草』は、たしか「あらくさ」と読むはずなのですが、これも当の書物をひらけば読み方が書いてあったように思うのですが埋もれている。確かめられません。
湯川弘文社「新詩叢書」は、昭和18年から19年にかけて刊行された詩集のシリーズです。全部で何冊あるのかはきちんと把握していません。
国会図書館も欠巻があるようです。