【2010年4月3日】
高円寺の西部古書会館、杉並書友会。
開場時間(10時)前に到着するのは初めてなので、今日は朝一番の風景を観察してみよう。
建物の引戸は閉め切ってあるが、ガレージの門扉はすでに開放されていて、室内入口の縁石のまわりには、もっさりと人垣ができている。ざっと数えて4、50人程だろうか。全員、おじさん。老若男女の「若」と「女」が、決定的に欠けている。ほとんど全員が黒っぽい服装であることは、日頃から古書にまみれていれば、自ずと身なりも古書に似てくるということなのかもしれない。
ガレージに並べた特価本は自由に見ることができるのだが、狭い通路にも列は伸びていて満員だから、今しばらくは遠巻きに眺めるよりほかはない。
所々で本の山が崩れていたり、地べたに散らばっていたりするのは、早々に物色された名残だろう。早くも10数冊を抱えている人がいる。一方で、特価本なんぞ眼中にないといった風情で、泰然と腕組みをしている人もいる。
あそこの会場で××を見つけたとか、このあいだの○○展は駄目だったとか、挨拶がてら、お互いに報告し合っている人たちがいて、たぶん即売展の会場のみで顔を合わせる書友なのだろう。
あるいは行列には加わらず、少し離れた場所で煙草を吸っている一匹狼もちらほら(朝一番の即売展に現われるのは、皆さんいずれ一匹狼には違いないのだろうけれど……)。
ほどなくして建物の戸が開いた。
そのまま一気になだれこむのかと思ったら、そうではなかった。
半分だけ開いた戸の中から当番氏が顔を出して、まずは各人の手荷物を預かっている。前の人からも後ろの人からも、順々に荷物を受け取って、番号札を手渡す。
入口での混乱を避けるためなのだろう、ひととおり預け終わったところで入場という段取りらしい。
「もうありませんか?」と声が掛かり、それぞれ態勢は整ったようだ。
大きく戸が開く。
さあ、先陣の争奪戦とはいかなるものか、興味津々に眺めていたのだが、無鉄砲に先を争うといった気勢もなく、皆さん黙々と、ほとんど列を乱さずに室内の書棚のほうへと移動する。
1年に数回のデパート古書展ならともかく、毎週毎週の即売展のたびに奮迅していては体力がもたないということなのかもしれない。
しかし黒っぽい恰好の集団が、無言で室内に吸い込まれてゆく光景というのは、何か秘密めいた儀式のようでもあり、それはそれで只ならぬ迫力があった。
朝の一幕を見届けて、さてそれでは、今日の古本に取り掛かろう。
ガレージをゆっくりひとまわりして『続粋人酔筆』内外タイムス社編(日本出版共同)200円を手にとって、私も入場。
第一陣の混雑は続いているが、血走っても仕方がないので、人と人の隙間を見つけては行ったり来たり。混雑は30分ほどで解消した。
丸善創業100年記念号の『学鐙』1969年1月(丸善)150円、『日本漫画史』石子順(教養文庫)300円、『すばらしい新世界』ハックスリー(講談社文庫)300円、『ながさきあまから』高谷八重(長崎文献社)300円、購入する。
続いてガード下の都丸支店へ行けば、順路とでも言うように、さっき古書会館で見かけた人たちが壁面の均一棚を漁っている。
高円寺の次は中央線に乗って御茶ノ水。市ヶ谷を過ぎると、お堀の桜が満開だ。
東京古書会館、和洋会。
古書ふみくらの棚に、函つきの現代ユウモア全集が何冊か並んでいたが、どれも持っている巻だったので残念。『紅茶と葉巻』や『らく我記』など、函の無い裸本は持っているから函だけ売ってほしかった。
少し離れた位置から、背の汚れた本を取り出すとそれも現代ユウモア全集で、しかも第18巻『漫談レヴィウ』だった。このシリーズの中では難関の1冊だと思っていたのに、そうでもないのだろうか、意外と早く突破できた。価格は親切な800円で、値札に記された住所を見ると、古書ふみくらは郡山の古本屋さんだ。
さらに『野次馬放談』中村浩(高風館)という新書判を、ふみくらさんの棚で見つける、500円。
それから別の棚でびっくりしたのは、通叢書の『古書通』河原萬吉が900円だったことで、今まで、即売展会場や目録で何度か見かけた際には、いずれも5000円以上の値が付いていたから、自分には縁の遠い1冊だと決めていた。背表紙はかなり痛んでいるし、若干の線引きもあるし、それらを割り引いての900円なのだろうけれど、それにしてもやたらと歩きまわるうちには、こうして珍しい棒に当たることもあるのだなあ。
その他、大正時代の実用書『日常礼法家庭儀式是丈は心得おくべし』加藤美侖(誠文堂)500円、『うまいもん巡礼』大久保恒次(六月社)300円と、今回の和洋会は濃厚だった。
即売展のあとはいつものように古書店街の店頭をぶらりぶらり。
八木書店で『ひとつの出版・文化界史話』宮守正雄(中央大学出版部UL双書)200円。
小宮山書店ガレージセールで『東京の散歩道』窪川鶴次郎(現代教養文庫)、『江戸・明治のガラス』由水常雄(平凡社カラー新書)、『パール傑作選Ⅱ』(ロマン文庫)、各100円。
田村書店の100円均一段ボール箱には『日本思想大系』があふれていた。
久しぶりにミロンガで珈琲を飲む。
それから羊頭書房や文省堂書店や、このところ御無沙汰していた一帯を歩く。
BOOK DASHでは、まだ持っていない『Shuffle!』、2004年12月号(MAX)を発見。もはや存在そのものが使い捨てにされたようなエロホンも、わずかながら廃品と化さずに、なおしぶとく古書店の隅っこをさまようようだ。
湘南堂書店で『万年筆』梅田晴夫(平凡社カラー新書)300円。アムールショップ店頭棚からの購入はなかったが、ここは商品(文庫本と新書)の回転が速いので、こまめに覗く価値はある。古書店地図には掲載されていお店なのだが、ちょっとした穴場である。アカシヤ書店の店頭で『飛行機の本』木村秀政(新潮社ポケット・ライブラリ)100円。新潮社にポケット・ライブラリという叢書があったとは知らなかった。
2010年4月3日 今日の1冊
*和洋会/東京古書会館
『漫談レヴィウ』徳川夢声・岡田時彦・古川緑波(現代ユウモア全集刊行会/昭和4)800円
【2022年12月追記】
古書即売展の開場時間は朝10時。
西部古書会館のガレージ会場は、だいたいその15分くらい前に、室内会場より一足早く開きます。
9時を過ぎるころになると、古本を愛してやまないご常連の皆様が、朝一番の古本を求めて集まり始めます。まだガレージには何もありません。門扉は閉まっています。
やがて9時半ごろには、室内から参加店の御主人たちが出てきて、平台を運び出し、本を並べてゆきます。門前に横一列に並んだ皆様は、その様子をじっと見つめます。
前哨戦と言えばよいのか、この時点で早くも狙いの本を見定めてしまう人もいるようです。
準備が整ったところで門が開きます。
狙いをつけていた人は敏捷に飛び込んでその1冊を抜き取ります。見事な早業です。
それぞれ、ガレージ会場を見終わると、今度は入口に待機して、室内の開場を待ちます。
先頭のほうに並んでいるのはほとんどいつも同じ人です。尖鋭のさらに尖鋭というところでしょう。
そうしてだいたい50人前後が、今か今かと待ち構えるわけです。
直前にいったん戸が開いて、まず手荷物を預けます。
狭い通路で身動きがとれませんから、列の後ろの人の鞄は、前にいる人が受け取って、係員に渡してくれます。暗黙のうちに、そういう中継役を買って出てくれる人がいます。自分以外はすべてライバル、とは言え、そこは古本を愛する者同士、気持のよい心遣いです。
会によって異なりますが、ひととおり荷物を預け終わるとすぐに入場となるときもあれば、ふたたび戸が閉まり定刻10時までもう少々待機というときもあります。
時間にすればほんの数分間の待機なのですけれど、この数分間は妙に長く感じられます。
それまでざわついていたガレージが、いよいよ開場が近づくと会話もなくなり無音になる。
嵐の前(?)の静けさです。
東京古書会館の和洋会で『漫談レヴィウ』を見つけたのは「古書ふみくら」の棚です。福島県から参加の古本屋さんです。
ふみくらさんは廉価の本をたくさん並べてくださるのでいつも愉しみな棚でしたが、その後、和洋会から退会されました。
当時は、福島県の郡山と須賀川にお店があったのですが、現在は須賀川店のみ店舗営業を行なっているようです。
御主人の佐藤周一氏には『震災に負けない古書ふみくら』(論創社/2011年)という著書があります。