【2010年6月26日】
即売展三角形の仕上げは高円寺、好書会。
ガレージの廉価本から『女の歓ばせ方』森田浩一郎(ゴマブックス)100円。
実用書として使うあてもないのにそれを買っておぬしはどうする、と言わざるを得ないところだが、奥付を見ると初版からわずか2か月余で16刷だ。飛ぶように売れたのだろう。買い求めたのは全員が男だと思われるが、果たして手ほどきどおりに歓んだ女はいかほどか。それは閨房の向こうで言わぬが花として、なかには歓ばせる相手もいないのについ買ってしまったうっかり者もいるはずで、結局は試みる機会のないまま古本屋へ売り飛ばしたりして、それが今こうしてここにあるのだろう。そしてその売り飛ばした淋しい独り者とはおそらく私自身の分身にほかならないだろう。『キノコの手帖』四手井淑子(平凡社カラー新書)210円と、2冊を手にして室内へ。
好書会は目録を発行しないので、何が出品されるかは当日にならないとまったく判らない。それだからか、群れ集う古本紳士の目つきは、他の即売展より一段と鋭いようなのだが気のせいか?
混雑の空隙を見つけてうろちょろしていると『乳房の美学』布村東三(サンデー新書)を発見する。いつかの五反田では売価2500円にびっくりした1冊だが、さてこちらは……350円ポッキリ! いや、このポッキリの使い方は間違っているかもしれないのだが、気分としてはポッキリの語感が最適なのだ。
『随筆ろまんす・ぐれい』山崎清(鱒書房)315円、『背徳の勝負師』高橋遊吉(報知新聞社)200円に続いて、和田邦坊『退屈世界』(中央美術社)が300円とは泣かせる話だ。裸本でセローテープの補修もあるが文句はない。うれしくて、ほんとうに涙が出そうになったのは、私の感激や涙腺は、およそ300円と等価であるということなのだろう。
会計のあと、もういちどガレージに散らばった本を見渡して、思潮社現代詩文庫の『北川透詩集』と『清水昶詩集』各100円を追加する。
昨日今日の即売展三角紀行では、五反田、神保町、高円寺、それぞれの会場で岡崎武志氏をお見かけしました。
都丸支店、ささま書店と立ち寄ったあとは吉祥寺へ。
藤井書店の2階へ昇ると、札幌の出版社、みやま文庫の『鉱山のSLたち』信賀喜代治が岩波文庫の陰に埋もれていた。150円。『完璧の駅弁』入江織美(小学館文庫)200円と合わせて購入する。
古本センターでは『ビニール本の恋びとたち2』北村四郎(サラブレッドブックス)700円。著者は別の人に変わっているが、小暮祐子『恋びとたち』の続篇のようで、ビニール本こぼれ話という内容らしい。
吉祥寺で降りたのはもうひとつ魂胆がある。
昨日の書窓展でサッポロビール100年記念号の『サッポロ』(1976年5月号)を買ったのだが、中をめくるとカラー図版のページに、赤い星印のサッポロラガービールが載っていた。それを見た瞬間「いせやの瓶ビール」という、忘れかけていた言葉を思い出したのだ。
牛丼を食べたつもりであと2冊、とか、呑んだら買うな買うなら呑むな、とか、へんてこな古本標語をうわ言のようにつぶやくこの頃だが、たまには酒場で贅沢(?)をしてみたくなった。
小さな丸椅子に腰かけて「ええと、瓶ビールください」よいひびきだ。隣りの小父さんも、その隣りの小父さんも、赤い星印の瓶ビールだ。
『鉱山のSLたち』を取り出して、夕張や羽幌や、炭鉱鉄道で活躍した蒸気機関車の写真を眺めながら、ハツ、シロ、カシラ。
2010年6月26日 今日の1冊
*好書会/西部古書会館
『乳房の美学』布村東三(秋田書店=サンデー新書/昭和42)350円
【2023年1月追記】
「今日の1冊」では『鉱山のSLたち』を取り上げたいところだったのですが、どこに埋もれてしまったのか消息不明です。
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西部古書会館の「好書会」は年7回の開催。
目録の発行はありませんが、毎回、廉価本が山のように放出されます。
雑本派にはうれしい即売展です。
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吉祥寺の「藤井書店」は駅前商店街サンロードを抜けて左に曲がった先にあります。
文庫、絵本、雑誌のほか、古書一般をまんべんなく取りそろえる昔ながらの古本屋さんです。
当時は、1階と2階に売場がありましたが、現在、2階は倉庫になっています。
店舗販売のみでなく、西部古書会館の西部展、新宿サブナードの古本浪漫洲、彩の国所沢古本まつり、八王子古本まつりなど、各種の催し物にも精力的に参加されています。
藤井書店はそもそも、九州の大分で「藤井書房」として創業しました。
その後、吉祥寺へ移転して「藤井書店」と屋号を改め、現在に至ります。
吉祥寺で開店してから70年近くが経つ老舗です。
初代の藤井正氏には『私の古本人生』という著書があります。
日本古書通信社「こつう豆本」第103巻として刊行されました。
平成5年刊。並装と特装版(函入)の2種類あり。
豆本の名のとおり、随想5篇を収めた小さな本ですが、そのなかに「K中尉の思い出」という1篇があります。海軍航空隊の深夜勤務で巡り合った愛書家の上官K中尉と藤井氏との交流が綴られます。お互いに会話を交わす機会はわずかに3回なのですが、身分や立場を超えて、ただ本好きの魂と魂が、丸ごと重なり合います。雪の降る夜の当直室で、神保町の古書店を端から順にソラで言い合う場面は胸に沁みます。名篇です。