【2010年9月17日】
東京古書会館、和洋会。
しばらくは何も見つからず、ふわふわさまよっているとやがて奥野他見男とぶつかる。
『愛する君よ御身が為めに永らへん』(長い…)、函入で500円。みはる書房の値札が貼ってあるが、うさぎや書店の棚に置いてあった。きっと誰かが、やっぱり要らない、と手放したのだろう。
それで、隣りのみはる書房の棚に取り掛かると、状態の良好な通叢書『煙草通』が200円で埋もれていて小さく溜息(以前、傷みのある1冊を800円か900円かで買っている)。
あまとりあ社の新書判『京子をめぐる四十七人の男』(これも長い…)を見つけ、積み重ねた本をいちいち見分しているとまた他見男さん出現。『三国一の花嫁様は』800円。今日は、みはる書房と相性がよい。
さらに大和田建樹の散文韻文『野菊』、明治42年刊の袖珍本が現われるが3000円では……。
即売展の会場を歩くときにはちょっとしたメモに備えて手帖を携帯するのだが、棚から取り出した本を眺めるときなど、とりあえず手帖はそこいらへんに置いておく。すると誰かが、それを売り物と間違えてぱらぱらめくっている。
このあいだの趣味展でもそんなことがあった。
個人の日記帳だろうが通信簿だろうが、何でも売りに出されるような会場なのだから、手帖を売り物だと間違えるほうに罪はない。そんなところに置いておくほうが悪いのだ。あわててお返し願ったけれど、人様にお見せするような代物ではないので恥ずかしい。
場内を1周したところでみはる書房の棚に舞い戻り、どうにも気掛かりな『野菊』を思い切って確保する。
最後は史録書房の棚の下に座り込み、床に散乱している雑誌をひとつひとつ眺める。
『別冊モダン日本』昭和26年7月号の目次を広げると、ヤナセタカシ、の名があり「へえ!」となる。
もう1冊、『秘話七夜』という薄い冊子を追加。著者の久保盛丸は四国の凸凹寺の法主とのことだが、凸凹寺の名はどこかで見た覚えがある。はて?
購入メモ
*和洋会/東京古書会館
『愛する君よ御身が為めに永らへん』奥野他見男(太陽社書店)500円
『京子をめぐる四十七人の男』武野藤介(あまとりあ社)400円
『三国一の花嫁様は』奥野他見男(白羊社)800円
『野菊』大和田建樹(博文館)3000円
『別冊モダン日本』昭和26年7月号(モダン日本出版部)500円
『秘話七夜』久保盛丸(躍進書房)1500円
古書店街。
小宮山書店のガレージで伊藤公平短篇ユーモア小説集『月給袋』(日本農業新聞)100円。
伊藤公平、知らない作家だが、著者略歴によると岡本一平に漫画を学んだこともあるそうで、『月給袋』の装画も自身で手掛けている。街灯と月給袋を片手に持ったサラリーマンと野良犬と。裏表紙には、その旦那さん(月給袋)を待ちわびて柱時計をにらんでいるおかみさんと居眠りする猫。
ミロンガで一服したあとは、小宮山書店の店内へ。
中二階にて神奈川県立近代美術館『1930年代の版画展』図録12000円などうっとり眺め、2階の文庫部屋で『ニッポンの駅弁』吉田慎治(枻文庫)300円と、なかなか見かける機会のなかった現代教養文庫の『空中征服』賀川豊彦600円をうれしく買う。
たまには田村書店の店内にも入ってみた。
岩佐東一郎『茶烟亭燈逸伝』限定百部、22000円、嗚呼。そして田畑修一郎に手を伸ばしてページをめくろうとすると、奥の帳場に鎮座した御主人が、若い店員さんを何やらどやしつけている。
「まったく、何も考えていねえんだから!」
凄味の利いたその声は、貴重な書物を冷やかすばかりの私にも向けられているようで全身が縮み上がる。
急いで田畑修一郎を棚に戻し、そろりと退散する。
一誠堂書店にも久しぶりに入店して、いつぞや、池ノ上の文紀堂書店でときめいた『女のシリ・シンフォニー』と再会するも4800円に引き下がる。
文省堂書店、BOOK DASH、湘南堂書店、荒魂書店と経巡るうちに、はや西日は傾いてゆく。
【2023年1月追記】
奥野他見男【おくの・たみお、1889(明治22)-1953(昭和28)】は、大正から昭和初期に活躍した滑稽(ユーモア)小説作家です。金沢の生まれです。
著書は50冊近くにも及ぶでしょうか。
忘れ去られて久しい作家の一人ですが、即売展では割合によく見かけます。
流行作家だった盛時の勢いはもちろんないとしても、古本世界ではまだまだ現役として頑張っているというところです。
本の状態を問わなければ、1000円前後の手ごろな値段で見つかることもあるでしょう。
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大和田建樹【おおわだ・たけき、1857(安政4)-1910(明治43)】は、宇和島に生まれた詩人、作詞家です。
唱歌、軍歌など、数多くの作詞を手がけました。
もっとも有名な作品は「地理教育鉄道唱歌」でしょう。汽笛一声新橋を……、で御馴染みです。
作詞のほかにも、随筆、紀行文、詩歌と、こちらもまた数多の著書を残しています。
書目や状態によりますが、紀行文や散文集など、2000円から3000円、場合によっては1000円以下で手に入ります。
なお、国会図書館の著者標目では「建樹」のカナ読みを「タテキ」としており、別名として「タケキ」の読みを与えています。
「タテキ」と「タケキ」が混線して伝わっているのか、2つの読み方を使い分けていたのか、どちらでもよかったのか、詳細は不明です。
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直接にお話を伺ったわけではないので、軽率な言は避けなければならないのですが、「田村書店」の先代御主人は2021年の暮れごろにお亡くなりになったようです。
昨年(2022年)の12月末に田村書店を訪れた際、「亡くなって1年……」という会話を店内で耳にしました。
それを聞いて思い起こしますと、ここ最近は御主人の姿をいちどもお見かけしませんでしたし、また2022年2月からは営業時間が縮小されており、その時期とも符合します。
たまたま当代の御主人が不在の時間帯だったと思うのですが、恰度その日は、奥の帳場には誰もおらず空席になっていました。
正直に申せば、身の震えるような緊張感から解き放たれたような安堵があり、しかしそれでも、老主人はやっぱりあの椅子に座っておられるのではないかと、無礼なふるまいをする客はいないか、眼光鋭くこちらを睨んでいるのではないかと、書棚の前で背筋が伸びるのです。
田村書店は現在、金・土・日のみ営業です。
営業時間は11時~18時ですが、休憩のため13時~14時は一時閉店となります。ご注意ください。