【2011年10月8日/2023年5月追記】和本を初めて買う、それから『馬淵美意子詩集』やナンセンス漫画傑作集

【2011年10月8日】
西部古書会館の即売展は10時開場と、ポスターや目録などには記されているが、ガレージのほうは南部会館と同じように9時半過ぎには開くようだ。
それで、先週までより20分ばかり電車の時間を繰り上げて、9時15分高円寺到着。
会館前の道端で一服ふかすうちに、ガレージに並べた平台に本が並べられ、並べ終わると門が開いた。
今度からはこの時間帯に訪れることにしよう。ただし、朝の20分の早起きを励行できればの話……。
杉並書友会、さてガレージの廉価本。
今回はいつもより少量で、平台の2列分くらいが抜けている。それだけ通路の渋滞が緩和されるのは有難いが、皆さん、やや拍子抜けの面持ち。
とりあえず1冊ということで、昭和36年の『書窓会まど展目録』、昔の古書目録を確保しておいて、先に手荷物を預けて、開場までにもう一服と思ったら、煙草は預けた鞄の中だ。ひとまずはガレージの外へ出て待機していようとしたのだが、人波に押し流され、押し戻されするうちに、何となく室内入口の近く、列の前方に位置してしまったのは、勿怪の幸いだったかな。じたばたせずに10時を待つ。手に持った『まど展目録』をぱらぱらめくると、中村書店、麦書店、小宮山書店など、現在の書窓会とはだいぶ参加店が違う。詳細な『古書即売展史』を、どなたかまとめてくださらないだろうか。
10時、開場。ヒラケゴマ。
室内に3つある通路のうち、私の前にいた先陣は右と左にきれいに分かれて、真ん中は私ひとり、一番乗りだ。
颯爽と書棚に取りついたつもりが、目玉は縦横斜めと泳ぎに泳いで、ほどなく右から左から荒武者が駆けつけて、あっさり後塵を拝する。結局はいつもの如く、人と人との隙間を見つけてはもぐりこむという仕儀になる。段ボール箱の紙類をごそごそやっていると『酒通の話』鳥山景三(亜細亜出版社/昭和14)なる戦前の小冊子が出てきて250円。これが分相応というところでしょう。

鳥山景三「酒通の話」表紙
『酒通の話』鳥山景三(亜細亜出版社/昭和14)

かんばら書房の棚では、文庫本よりも小さな和本にふと手が伸びる。『唐土画譜』山野重徳編(山野重徳出板/明治13)。画譜というだけあって、20余頁すべてが、唐土風俗の簡略な素画集。その墨汁の線は、素朴というのか稚拙というのか、しかしなぜだが惹きつけられる線なのだ。初めは冷やかしのつもりで手にとったのだが、どことなく愛嬌すら感じるそれら素描に見入っていると、ふいに心は見知らぬ異境へと遊ぶ、まさにこれこそは、遠くへ連れてゆかれる書物の一種なのであった。価格2000円。生まれて初めて和本を買った。

「唐土画譜」表紙
『唐土画譜』山野重徳編(山野重徳出板/明治13)

それからもう1冊、まどか書房の棚で『馬淵美意子詩集』(創元社/昭和27)3000円。未知の詩人の詩集に3000円を奮発するとはまったく異例である。草野心平が跋を寄せていることが、手掛かりと言えば言えそうだが、それよりもやはり、なぜかは知らぬが書物に魅入られてしまったというよりほかはないのだろう。いちど取り憑かれたとなれば、あとは書物の鬼神(?)の為すがままに我が身は従うのみなのである。
と、ここまで来て、最初に手にした『まど展目録』をガレージへ返却に行く。本人はせめてもの倹約のつもりらしいのだが、150円、このあたり十年一日の小胆なり。

ガード下、都丸支店の店頭棚を巡回して、ネルケンで珈琲。
『馬淵美意子詩集』、草野心平の跋文を読むと、馬淵美意子氏は元々は油絵を描いていて、二科展に出品したこともあるそうだ。著者の後書に――、

《画をやめたうさ晴らしに随筆でも書いたらとすすめられ、その随筆をいぢくりまはしてゐるうち、不用とおもわれる箇所を消していつたら、へんに短いものがあとに残り、それは詩ぢやないかと言はれるやうなことになりました》
――『馬淵美意子詩集』後書(*振り仮名を補いました)

沁々とした文章だ。本の中に、ひとつだけ著者の素描〈そら豆の花〉が挿まれている。そのそら豆がまた、どうしようもなく胸に沁みたりもして、ああよかった、よい買物をした。そうしたらまた、猛烈に古本を買いたくなってきた。

「馬淵美意子詩集」表紙
『馬淵美意子詩集』(創元社/昭和27)

吉祥寺のいせやは飛ばして、八王子へ直行。八王子古本まつり、2日目。
2時間かけて、カラーブックス『新幹線』関長臣(昭和58)100円、1冊。なんとなくこうなるような予感はあった。山あり谷あり、買っても買わなくても、古本に沿って歩くよろこびを……(出来れば買いたいが)。
会場のユーロード商店街から折れ曲がって佐藤書房へ。
『更級日記』(岩波文庫/2000)を手にとったのは、さっき電車の中で紀田順一郎『日本の書物』の、恰度この『更級日記』の章を読んだから。105円。
サンリオSFを集めた棚に、5日前の早稲田穴八幡で買いそびれた『時は準宝石の螺旋のように』サミュエル・R・ディレーニ(サンリオSF文庫/昭和54)出現、巻末に書込みありで525円。
早稲田では1575円だったから、少しくらいの書込みなら、この値段はうれしい。これも古本の神様の配剤なのだろうか、こんなふうに買いそびれて好転することが稀にはあるから、益々、古本は難しくて面白い。
ミステリの棚から『薫大将と匂の宮』岡田鯱彦(扶桑社文庫/2001)315円を取り、くるりと反転して向かいのマンガ棚に目を向けると、倉金章介『てんてん娘』(サラ文庫/昭和51)210円。おやッ、隣りには小学館文庫〈ナンセンス漫画傑作集〉がずらりと並んでいる。いずれも表紙などに汚れはあるが、157円か210円。ぽつぽつと拾い集めてきた〈ナンセンス漫画傑作集〉全10巻が、これでいっぺんに、しかも格安で揃ってしまった。ああおどろいた。
*小学館文庫〈ナンセンス漫画傑作集〉購入メモ
『アッちゃん』岡部冬彦、157円
『忍術武士道』荻原賢次、157円
『かっぱ天国』清水崑、210円
『アトミックのおぼん』杉浦幸雄、157円
『轟先生』秋吉馨、157円
(以上5冊とも刊行年は昭和52)

SFの棚では先月は見送った『夢判断』久野四郎(ハヤカワ・SF・シリーズ/昭和43)がまだ売れ残っていたので、勢いに乗じて追加する。735円。著者の久野四郎氏はサッポロビールPR誌『サッポロ』の編集者とのことだが、『サッポロ』は、サッポロビール百年記念号を買った覚えあり。

【2023年5月追記】和本/馬淵美意子
「和本」とは、和紙を用いて、和綴じで装丁された書物です。
2つの用法があり、ひとつは、中国(唐土)から舶来した「唐本」に対する語として、日本で出版された本という意味をもちます。
もうひとつは、洋式で製本された「洋本(洋装本)」に対して用いられますが、古本一般で和本と言えば、こちらの意味で使われることが多いようです。
現在、日本で出版されるほとんどすべての本は洋本です。
「洋書」と言うと、西洋で出版された原書のことを指しますので、ちょっとややこしくなります。
ブックオフで和本は扱いませんし、町の古本屋さんでも見かける機会は少ないかもしれませんけれど、即売展や古本まつりではごく普通に出品されます。
古典籍と呼ばれる稀覯書となれば、その値段は計り知れませんが、書目を問わなければ100円、200円からでも販売しています。
大抵の和本はうねうねとつながった崩し字で書いてありますから、崩し字を判読できない身(私)にとっては、見知らぬ異国の書物と同然です。
購入するとなると、絵の入った本が一縷の望みです。
即売展の会場で、もしかしたら山と積まれた和本の放出品の中に、世紀の掘出し物が眠っているのかもしれませんが、なす術ありません。
(参考*『図書館用語集』改訂版/日本図書館協会/1997)
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馬淵美意子【まぶち・みいこ、1896(明治29)-1970(昭和45)】
有島生馬に師事して絵画を学びますが、のちに詩作へと転じ、草野心平らが刊行していた詩誌『歴程』の同人となります。
生前の著書は『馬淵美意子詩集』(創元社/1952)が唯一です。
没後翌年には『馬淵美意子のすべて』(求龍堂/1971)が刊行されました。
評伝は未だ刊行されておらず、忘れ去られて久しい詩人の一人なのでしょう。
現在、『馬淵美意子詩集』の古書価は、1000円から3000円くらいでしょうか。
購入当時、もう少し気長に探せば、もっと安く買えたのかもしれません。
しかし、どうしてもそのとき買わなければいけない本というのはあります。
金額の高低とは関係ないようです。
ですけれども私が買った『馬淵美意子詩集』、見当たりません。今改めて、詩を読みたくても読めません。
どこに埋もれているのか……、……、夜更けの吐息。
(参考*「馬淵美意子」/〈コトバンク〉/出典『20世紀日本人名事典』日外アソシエーツ/2004)