【2011年10月7日】
東京古書会館、城南展。
薩摩治郎八『巴里・女・戦争』(同光社/昭和29)800円。
薩摩治郎八の名前は、もうずいぶん前から頭の片隅にメモされていて、それは美和書院発行の新書判『なんじゃもんじゃ』の著者としてなのだが、いまだに『なんじゃもんじゃ』とは遭遇しない。
時折、新書判の背表紙に『なんじゃもんじゃ』の文字を見つけてハッとすることがあるが、いつもそれは別人の著者による植物随筆である。あるいはまた『薩摩治郎八と巴里の日本人画家展』という展覧会図録を見かけたこともあって、どうやら薩摩治郎八はパリで活躍した人物のようなのだが、どのような活躍ぶりだったのかは知らない。『巴里・女・戦争』も初見の書物だった。
その他、『ギリシア文学散歩』斎藤忍隋(岩波現代文庫/2007)400円、『フライブルグの宿』桶谷繁雄(朝日文化手帖/昭和29)200円、『活字たんけん隊』椎名誠(岩波新書/2010)100円、と小さくまとめて計4冊で1500円。
古書店街に移って三茶書房の店内を覗くと、堀内幸枝『詩集村のたんぽぽ』(三茶書房/平成3)が目にとまる。『「古本屋の書いた本」展目録』に載っていたはず、ええと……思い出せない。
とにかく、発行所はまさにここ、三茶書房であるし、買っておいて間違いはないだろう、1000円。
視線を左にずらすと、今度は関口良雄『銀杏子句集』だ(三茶書房/昭和56)。
『蒐書日誌』の大屋幸世教授は、この句集を、地元の古本屋で150円(!)で掘り出したそうで何とも羨ましいかぎりだが、そんな発掘談を読んだ数日後にこうして現物に出くわすのは、じつに古本の醍醐味だ。こちらも三茶書房の発行で、こうしてここで巡り合うのも僥倖なり。150円の快挙がちらつきつつも、1800円、少しくらいの出費はむしろ駆け出しの本分と心得よう。
『村のたんぽぽ』も『銀杏子句集』も、どちらも3、4冊ずつ置いてあったのは、ひょっとすると倉庫の隅に在庫が埋もれていたのかもしれない。うれしい買物ができた。
田村書店の店頭と小宮山書店のガレージセール、今日は特にナシ。
昼下がり、閑散としたミロンガで珈琲。さっそく『銀杏子句集』を読みたい気分だが、三茶書房で包んでもらった、武井武雄の包み紙をとくのが何だか勿体ない。包んだままテーブルに置いて、城南展の会場でもらった目録をおさらいする。
さて、八王子では今日から八王子古本まつりが始まっている。
御茶ノ水から中央線に乗って、途中、吉祥寺のいせやで軽く一杯ひっかけて、さらに中央線で西進し、古本まつりと、それから佐藤書房は外せないし……ちょっと忙しいか。今日は神保町のうろうろにしよう。
古書モール、古書かんたんむをじっくり一周。それから各店の店頭棚を順々に巡礼して、矢口書店の外壁棚より小絲源太郎随筆集『冬の虹』(朝日新聞社/昭和23)1000円。
帰宅して『「古本屋の書いた本」展目録』をひらく。
『村のたんぽぽ』の堀内幸枝氏は、麦書房。ああそうだ、堀内達夫氏の奥様だ、雑誌『本』を発行していた古本屋だ。〔*〕
〔*堀内幸枝氏と麦書房店主堀内達夫氏は夫妻ではありません。『「古本屋の書いた本」展目録』(東京都古書籍商業協同組合/2005)の本文には『村のたんぽぽ』著者の堀内幸枝氏が麦書房の所属となっていて両氏がご夫婦かと早とちりをしましたが、正誤表に「麦書房削除」と記してあるのを見落としていました。〕
【2023年5月追記】薩摩治郎八
東京古書会館の「城南展」は2023年1月で終了となりました。
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薩摩治郎八【さつま・じろはち、1901(明治34)-1976(昭和51)】は祖父の代からの大富豪で、戦前のパリに渡って大活躍して、日本人画家のパトロンとなり、爵位はないけれど「バロン薩摩」と呼ばれていたそうです。『巴里・女・戦争』の装幀を手がけた高野三三男も、治郎八から援助を受けていた画家の一人です。
百科事典ウィキペディアで「薩摩治郎八」の経歴を眺めてみますと、お金の使い方はもちろん、やることなすこと、とにかく桁外れで、桁が外れすぎていて、何だかよく判らないということになってしまいます。
フランス政府から勲章を貰ったりもしていますから、もしかしたら、日本よりも異郷パリの地で、その名は知られているのかもしれません。
薩摩治郎八の著書は以下のとおりです。
『巴里・女・戦争』(同光社/1954)
『せ・し・ぼん――わが半生の夢』(山文社/1955)
→『炎の女』(松書房/1956)*『せ・し・ぼん』改題
→『せ・し・ぼん』(バロン・サツマの会/1984)*復刊
→『せ・し・ぼん』(山文社/1991)*改訂新版
『なんじゃもんじゃ』(美和書院/1956)
『ぶどう酒物語』(村山書店/1958)
その他、雑誌への寄稿を合わせて、執筆活動はすべて戦後のものです。
終戦後、治郎八は無一文でパリから日本へと帰国したそうですが、栄華から一転しての落ちぶれた余生だったわけではなかったようです。
有るときは有るように、無いときは無いように、そのときの境遇を目一杯に使い切る。生涯にわたって、筋金入りの人生男爵だったと言えるのかもしれません。
上述した薩摩治郎八の著書は、いずれも古本ではあまり出回らないようです。
たまに見かけると、3000円、4000円あるいは5000円を超えるなど、結構な古書値の付くことがあります。
それでも、まったく脈がないわけではなく、即売展や古本屋を歩きまわっていると、棚から転げ落ちてくるように、1000円以下で、ぽろりと見つかることがあります。
ずいぶん時間は掛かりましたけれど、『なんじゃもんじゃ』もその後、そうやって手に入れることができました。
『薩摩治郎八と巴里の日本人画家たち』(共同通信社/1998)は徳島県立近代美術館ほかで開催された展覧会の図録です。
評伝には、
『「バロン・サツマ」と呼ばれた男――薩摩治郎八とその時代』村上紀史郎(藤原書店/2009)
『薩摩治郎八――パリ日本館こそわがいのち』小林茂(ミネルヴァ書房/2010)
『蕩尽王、パリをゆく――薩摩治郎八伝』鹿島茂(新潮選書/2011)
以上の3冊があります。
また獅子文六は、治郎八をモデルにした伝記小説『但馬太郎治伝』(新潮社/1967、のちに講談社文芸文庫/2000)を執筆しています。
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〈関連日記〉
三茶書房
→【2010年4月23日/2022年12月追記】書窓展、三茶書房、五反田アートブックバザール