【2011年12月22日/2023年7月追記】板橋駅周辺の古本屋を歩く

【2011年12月22日】
午後、板橋区立美術館に〈池袋モンパルナス展〉を見に行く。
蒲団にしがみつかざるを得ないような寒日だが、今日を逃すと行きそびれてしまいそうなので、もそもそと這い出す。
靉光《鳥》の出品はうれしかった。ほとんどの時間を《鳥》の前で過ごす。
展覧会の図録は完売ではなくひと安心(何年か前の練馬区立美術館の池袋モンパルナス展では図録が完売品切れでがっかりしたのだった)。1200円という値段も親切だ。

「池袋モンパルナス展」図録表紙
『池袋モンパルナス展』図録
(板橋区立美術館・美術館連絡協議会/2011)

美術館から西高島平駅までの帰り道、何やら筒抜けのぽかんとした感情で歩くのは、魂の半分はまだ《鳥》の絵の前にじっと佇んだままなのだろう。魂の残った半分はというと……古本のことを考えている。
新板橋駅で地下鉄を降りて、板橋駅に向かう道の途中、ひとつ路地を曲がると板橋書店。看板に〈古書の殿堂〉の謳い文句が凛々しい。
駅周辺のこのあたり、今迄に何度か歩いたことがあるはずなのだが、これほど大きな古本屋にいちども気づかなかった。今更ながら我が目玉の節穴が遺憾だが、店先にどッと古本が溢れる光景は、過去のことはどうでもよいとばかりに、今この魂を泳がせる。
店内にて、横山隆一『第二・でんすけ随筆』(四季新書/昭和30)200円を見つける。単行本の『でんすけ随筆』は持っていて、同じ題名だからややこしくなるのだが、こちらは『第二』とあるから、四季新書判のまた別の『でんすけ随筆』がありそうだ。

横山隆一「第二・でんすけ随筆」表紙
『第二・でんすけ随筆』横山隆一
(四季新書/昭和30)

桃色書架では日高ゆりあ表紙の『do-up!』vol.21/2005年10月(MAX)とついに遭遇。500円。なかなか見かけなかった1冊が見つかって、これで新装版の『do-up!』は全冊揃った。思いがけない場所で出くわした。
会計の際、御主人が問わず語りのように語ってくださる。
――「もともと、朝鮮で店をやっていたんですよ。金正日総書記が死去してから、あちらの映像がよく流れるでしょう、新義州の町も、川の向こうからですけれどね、映し出されて、久しぶりに見ましたよ。懐かしいな……」
……新義州書店と言えば、このあいだ買った『植民地時代の古本屋たち』にも取り上げられていた覚えがある。朝鮮から板橋へ……そうだったのか。と、古本界では誰もが知っているような歴史なのかもしれないけれど、遅ればせながら、こうして思いがけず実地でお話を伺うときの驚きや喜びは、たとえそれが短く発せられたほんの二言三言でも、遙かな歴史の一端に、今ここで、じかに触れているという驚きや喜びである。
その一瞬のきらめきが、さらに奥へと、ますます私を燃焼させようとするのだが……。それとは別に私の顔面が火照るのは、ついうきうきと『do-up!』を買ってしまったことなのだが仕方ない、これはこれで探求書のひとつだったのだ。

旧中山道を東に進み、次は板橋駅東口の3軒をまわる。
この一帯、駅は板橋駅だが、住所は北区滝野川と、ちょっと複雑。『全国古本屋地図』で、板橋駅周辺の古本屋を探すときは、板橋区だけでなく北区のページも調べなければいけないと、じつはこのあいだ気づいたばかり。
踏切を渡ってほどなく、木本書店。昭和の置き土産のような店構え。
実際、硝子戸は時世を区切る境界だったのか、帳場を預かるお婆様と、柱時計がカツコツカツと眩暈のような静寂を刻む。
おでん……たぶん、おでんの湯気が鼻孔をくすぐるのはちょうど御飯どきだったようで、しかしお婆様は客(私一人)の居るあいだは手をつけない様子でもあり、やや焦る。
古本とおでんの匂いに包まれつつ、書架を見上げてびっくり、『淵上毛錢全集』がある。
……20年も昔の話になるだろうか、近所の図書館で「フチガミモウセンの本はありますか」と尋ねると、「モウセン?」、受付係のうら若い職員さんは――もしかしたら実習生だったのかもしれないけれど――訝しげな表情で端末に向かい、やがて「無いようですね」と、有るはずがないですよねと言いたげな、安堵の声で答えたのであった。
以来、当時の職員さんにとってそうだったように、私にとってもこの世のどこにも存在しない書物、幻の書物になっていたのだったが、ここに、有った。
これがそうだったのか。棚から抜き出してめくってみる。古書価8000円。ううん、そうか。棚に戻して店を出る。

同じく旧中山道沿いの坂本書店はオヤスミ。
路地を折れて数分、国道に突き当たってすぐ右手に木本書店の支店が営業中。
建物も、お店番の若主人(?)も、支店のほうがずっと新しい。入口脇の空間に和本が山と積んであり、町の古本屋としては異例の光景をつくっている。
店舗名の入った値札を見て、木本書店はどこかの即売展で見かけていることを思い出した。
これという1冊を見つけられなかったのは、おおよそ、うわの空だったからだろう。頭の中は毛錢に占拠されていたのだ。

附記 木本書店は東京古書会館の趣味展に参加。

【2023年7月追記】板橋書店/木本書店(本店と支店)/坂本書店
「板橋書店」の所在地は板橋区板橋1-49-11。
JR板橋駅と都営三田線新板橋駅とを結ぶ道からひとつ横に曲がった先にあります。
現在も営業しています。
即売展や古本まつりには参加せず、店売り一筋というだけあって、大きなお店には、様々な分野の、様々な雑本が溢れ返ります。
何が有るのか無いのか、どこかには秘宝が眠っているかもしれません。
時間にゆとりをもって探訪したい古本屋さんです。日曜定休ですのでご注意ください。
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当時の「木本書店」は、旧中山道に面して本店、国道17号線沿いに支店と、2店舗を構えていましたが、その後、踏切の近くの本店は閉店となりました。
現在は元の支店のほうで、営業を続けています。
日記にも記しましたとおり、最寄駅は板橋ですが、所在地は北区滝野川6-71-5となります。
東京古書会館の「趣味展」にも参加されています。
ただし最近は目録のみの出品で、会場へは参加していないようです。
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オヤスミだった「坂本書店」なのですが、じつは未だに再訪を果たしておりません。
北区滝野川6-61-14。営業は続けているようなのですが、詳細は不明です。
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この日の2日後の12月24日、木本書店を再び訪れて『淵上毛錢全集』を購入します。