【2011年12月18日/2023年7月追記】ブロードウェイのまんだらけで、やなせ・たかし『メイ犬BON』

【2011年12月18日】
日曜日の東京古書会館、新宿展。
開場一番の棚を早足でまわり、『シュルツ全小説』ブルーノ・シュルツ(平凡社ライブラリー/2005)800円と、異色探偵小説選集の『聖者対警視庁』L・チャーテリス(日本出版協同/昭和28)これも800円。
あまとりあ社の新書判『熟れた真珠』や、小野佐世男『女・ところどころ』など、以前に購入済みの本が並んでいれば心安く見送るのだけれど、見たところ誰も手を伸ばさない様子であるし、私が好んで面白がるような本はそんなに慌てて駆けつけなくてもたぶん悠長に売れ残っているようでもある。
それはそうなのだとしても、それでもやっぱり、朝一番のまだ隙間のない書架は気持よい。
ザッと一周したあとは、改めて端から順に棚を熟視。
『「町民鉄道」の60年』北野道彦(崙書房/昭和53)300円、『教養としての官能小説案内』永田守弘(ちくま新書/2010)200円の2冊を追加する。

L・チャーテリス「聖者対警視庁」表紙
『聖者対警視庁』L・チャーテリス/黒沼健訳
(日本出版協同=異色探偵小説選集/昭和28)

そのあとは……。
日曜日の神保町は定休日の古本屋が多いので、久しぶりに三省堂書店4階の三省堂古書館へ。
ジグソーハウスの棚は相変わらず賑やかだ。
北町一郎が4、5冊並んでいて、特に『はだか太平記』なんかはぐッと胸に迫るのだけれども4800円。
しかし川原久仁於の『天真らんまん記』(蒼生社/昭和21)が980円と手頃な値段だったのでうれしく購入する。

川原久仁於「天真らんまん記」表紙
『天真らんまん記』川原久仁於(蒼生社/昭和21)

今日は道草をせずにまっすぐ帰ろうと、さっきまではそう思っていたのだが、(いたのか?)、ミロンガで珈琲を飲んでぼんやり寛ぐうちには、また道草の誘惑が私をまねく。
久しぶりに中野ブロードウェイへ行ってみよう。
冬晴れの神保町交差点を通り過ぎ、ついに取り壊されることになったという九段下ビルを眺め、九段下駅から東西線で中野へ。
ブロードウェイ4階のまんだらけに、やなせ・たかし『メイ犬BON』登場。12600円也。
サンリオ刊『やなせ・たかし画集』もあって3500円。
溜息……なんだが、まったく届かないわけでもないところがまた一段と悩ましい溜息なのである。
せめて、『画集』3500円のほうだけでも買っておくべきではないかと思案しつつ、結局は何も買わずに、夕暮れの道を高円寺まで歩く。
ガード下の四文屋に落ち着いて、煮込みと、牛テールの煮こごりと、焼酎3杯。
ほろほろになったところで、慣例ならエロホンが目先にちらつく頃合なのかもしれないのだが……、メイ犬BON……、まさに千載一遇の交わりかもしれず……。
財布の残金を念入りに確かめつつ、それで何か後先不問の別人格に乗り替わったということなのか、高円寺駅北口の中央書籍販売をまず巡回して、それからサンダル文庫にも寄って田村セツコ『少女時代によろしく』(河出書房新社/2003)550円を買ったりして、中野まで早足に歩き、再度のまんだらけで『メイ犬BON』やなせ・たかし(私家版/昭和34)、『やなせ・たかし画集』(サンリオ/昭和52)、購入する。

やなせ・たかし「メイ犬BON」表紙
『メイ犬BON』やなせ・たかし
(私家版/昭和34)

*(購入書の刊行年〔元号か西暦か〕は該当書の奥付の表記に従っています)

【2023年7月追記】『メイ犬BON』
『メイ犬BON』は昭和34年(1959)2月に私家版として刊行されました。
やなせたかし40歳、まだアンパンマンがこの世に誕生する前の出来事です。
個人が出版した本というものは、時が経つと散逸して記録から漏れることもありますから、明確には判らないのですが、やなせ先生の単独の著書としては『ビールの王さま』(1958/私家版)に次いで古い本ということになるのでしょうか。
かなり初期の著書であることは間違いないようです。
縦長のスラリとした判型、夜のような黒い表紙の向こうから愛くるしい2つの目玉が覗いています。
台詞の一切ない、パントマイム劇のような4コマ漫画集。見開きの右ページに漫画、左ページは、所々に作者の寸言が入ることがありますが、ほとんどは絵も文字も無いまっしろなページという、100余ページの薄冊ながら、私家版ならではの優雅な構成になっています。
尻っぽで釣りをしたり恋をしたりスケートをしたり、BON君が縦横自在の活躍ぶりです。
「メイ犬」のメイは「迷」でも「名」でもなく、《しいていえば/五月のメイ》、また《BONはBON/ひびきだけの/うれしさです》と、名前の由来が紹介されています。
巻頭には「犬の鼻唄」「犬のセレナーデ」という2曲の楽譜が載っていて《この本のテーマソングです。お宅の犬に歌わせてください》とのことです。
「犬の鼻唄」は《クークークーフオー クークークーオー ウーワン》というような歌詞なのですが、犬のための楽譜というものを他では見たことがありません。
私は犬を飼っておりませんが、ぜひいちど、公園で散歩している犬にこの楽譜を見せて、歌ってもらいたいものです。作曲は山本直純氏です。

その後、『メイ犬BON』を見かけたのは、古書目録で一度か二度くらいあったでしょうか。
滅多に出回らない本のようですから、奮発して買っておいてよかったと思います。
しかし、それならそうと初めから気前よく買っておけばよいものを、一旦は引き下がっておいて、お酒の力を借りて出直すというあたりは器が小さい。
もし買いそびれていたら、おそらく今なお後悔を引きずっていたはずです。
10年前に買った本など、たいていはどこかに埋もれているという不甲斐なさですが、『メイ犬BON』は積み上げた本の山の頂上辺りで悠々としていました。さすがはBON君、そう簡単には埋もれないというところでしょうか。
一緒に買った画集のほうは……結構な大判にもかかわらず、埋もれています。やなせ先生、済みません。

やなせ・たかし「メイ犬BON」裏表紙
『メイ犬BON』やなせ・たかし(裏表紙)

〈関連日記〉
やなせたかし責任編集の雑誌『詩とメルヘン』創刊号。
【2011年7月22日/2023年4月追記】五反田遊古会で『詩とメルヘン』創刊号