【2011年12月26日】
新宿、京王百貨店の歳末古書市。今年の古本の締めくくり。
京都から参加の尚学堂書店の棚にて、古川緑波『苦笑風呂』(雄鶏社/昭和23)5000円、思い切って買うことに決める。
早稲田の五十嵐書店の棚ではオーガスト・ダーレスという未知の作家の短篇集『淋しい場所』(国書刊行会/昭和62)800円。本はこの2冊。
ハーフノート・ブックスが切符やチラシなど紙モノを大量に出品していて、そのなかに駅弁の掛紙もあった。掛紙は1枚315円という手頃な値段なので、端から順にじっくり見分してみる。
松本駅の《洋風お弁当》とか、豊橋駅の《稲荷寿し》とか、意匠に魅かれるままに拾い上げ、大阪の水了軒《小鯛すし》の可愛らしい小鯛の絵は、たしか前田藤四郎が描いたのだったか。
我孫子やよい軒の《おべんとう》は山下清画伯の作で、駅弁に関する本ではたびたび紹介されているし、瓜生忠夫『駅弁物語』ではその表紙を飾っている掛紙である。
傑作は木更津駅《特製バーベキュー弁当》ということになりそうだ。
大口をあけて旨そうにお肉を喰らっているのは、これはもしかするとミッキー君ではないのだろうか?
厳密に見較べればいろいろと違うのかもしれないが、ぱッと見たところ、他人の空似と云うにはちょっと似過ぎている。
掛紙に捺してある調製印を見ると、昭和38年1月2日に販売されていたことが判明する。
木更津と浦安とは海をはさんだ対岸という地理だったはずだから、何か縁があるのかもしれないけれど、それにしても当時、例の巨大娯楽施設はまだ影も形も無かったはずだし、いったいどういうわけなのだろう。
ひょっとすると、すでにそういう噂が先行していて、景気づけに登場したということなのかもしれないのだが……。
謎の多いバーベキュー弁当だが、眺めれば眺めるほど、頰がゆるんでくるのは間違いない。
いつのまにか、横から若いお兄さんが覗きこんでいて「面白いですね」と言う。
駅弁掛紙購入メモ
《洋風お弁当》松本駅・イイダヤ軒
《稲荷寿し》豊橋駅・壺屋弁当部
《小鯛すし》大阪駅・水了軒
《おべんとう》我孫子駅・やよい軒
《特製バーベキュー弁当》木更津駅・浜屋
各315円
【2023年7月追記】木更津駅バーベキュー弁当
内房線木更津駅の駅弁「バーベキュー弁当」は昭和37年(1962)に製造が始まりました。
誕生から60年を超えるという、歴史的な駅弁です。
創業当時の屋号は「浜屋」。その後「吟米亭浜屋」と名を変え、一時期は消滅の危機に直面したこともあったそうですが、無事に乗り越えました。
現在は、駅構内での販売は行なっておらず、また駅前にあった売店も閉店になってしまったということですので、厳密には駅弁とは呼べなくなったのかもしれません。
しかし木更津市内に2つの店舗があり、伝統の味は守られています。
「浜屋のバー弁」の愛称で、地元の人たちのみならず、バーベキュー弁当を目当てに訪れる旅行者もあるそうですから、今なお、多くの人から愛される郷土弁当であることに変わりはないようです。
さて、掛紙の話です。
現在販売されているバーベキュー弁当のパッケージ(掛紙)では、かわいらしい狸のコックさんが、かまどでお肉を焼いています。
「しょ、しょ、しょうじょうじ」で御馴染み、「証城寺の狸囃子」の狸です。
證誠寺は木更津のお寺ですから、ご当地の人気者としてお弁当のイラストに採用されたのでしょう。
(なお実在のお寺は「證誠」寺、童謡の題名は「証城」寺と、表記が異なります。ついでに、「証城寺の狸囃子」の作詞は野口雨情、作曲は中山晋平です)
それは大いにうなずけるとして、それではミッキー君(らしきもの)は何故……?
結論から言いますと、やっぱりよく判りません。
現在の掛紙は、初期のデザインの復刻版とのことですが、前述のとおり販売開始が昭和37年ですから、その当時に使用されていたのだと思われます。
一方、歳末古書市で入手した掛紙も、昭和38年に調製販売されていますから、同じく初期のデザインということになります。
並製と特製でデザインが異なっていたのかもしれませんし、限定版と云ったような短期間だけの掛紙だったのかもしれません。
さらには、ミッキー君(らしきもの)には何か、使い続けたくても使用できない事情が発生したのかもしれないと考らえれないこともないのですが……。
謎は残りますが、別に、残ったままでもよいのでしょう。
それよりも、バーベキュー弁当は今でも売っています。
普通630円、特製870円です。
私は掛紙は買いましたが、中身を食べたことはありません。
あれこれ勘繰ってばかりいないで、バーベキュー弁当を食べるためだけに、木更津へ行ってみたくなります。
参考
*〈お弁当の吟米亭浜屋〉ホームページ