【2011年12月25日】
東京古書会館、扶桑書房一人展。
『日本古書通信』11月号に載っていた開催予告を見たときには胸が高鳴った。扶桑書房が単独で企画する即売展が、ほんとうにあったとは――。
今回で第5回ということだが、毎年やっていたのか、隔年もしくは何年かにいちどの実施だったのか、古書会館で配布している即売展カレンダーには記載がなく、今までちっとも知らなかった。
開催は本日一日のみ。開始時刻は普段の即売展より2時間遅い正午12時。
開場の30分ほど前に古書会館に到着すると、並んでいるのは20余人。やはり即売展カレンダーに載っていないということもあるのか、思ったより少ない。
顔触れが、いつもの御常連諸氏とは明らかに違っている。それらしい姿も2、3人は見受けられたが、あとは初めてお見かけするような顔ばっかりだ。扶桑書房の上得意の皆様なのかもしれない。
温厚そうな御主人からの前口上――
「本日は、お寒いなかをようこそお越しくださいました。かなり早くから並ばれている方には整理券をお配りしております。番号順にお並びくださるよう、ご協力宜しくお願いします。また、これで最後の開催となりますので、感謝の気持と致しまして所々に特価品を織り交ぜてあります。なかには零の数がひとつ少ないなんていう物もあるかと存じますが、それがどこにあるのかは、皆様の運次第ということでご了承ください。そのほか300円均一の棚も用意しておりますので……」云々。
と、じつに心憎いばかりの言い回しで焚きつけてくださる。
そこに並んでいる誰しもが、その「零がひとつ少ない」という奴との美しい邂逅を夢に描いたことだろう。
しかし整理券まで配られていたとは、一番乗りのお客さんはいったい何時に駆けつけたのか。
今回が最後というのは残念な知らせだったが、あるいは最後の機会を逃すまいと、遠方から馳せ参じた荒武者もいるのかもしれない。
明け放してある扉の向こう、準備万端の場内を見遣ると、中央には背の低いショーケースが矩形に設置され、その三方を書架が囲む。書架の本はほとんどが表紙を正面に向けて陳列したいわゆる面陳で、左側に見える棚の下段、ずらりと横一列に挿し込んであるのがおそらく均一本だろう。
正午。各自黙々と、しかし煮えたぎるような足取りで古本へ、古本へ。
何はともあれまずは300円均一棚に取りついて、『書痴斎藤昌三と書物展望社』八木福次郎(平凡社/2006)を摑み、それから古通豆本を――『明治の貸本屋』沓掛伊左吉(昭和46)、『大正の貸本屋』沓掛伊左吉(昭和48)、『露店の古本屋』高橋邦太郎(昭和46)、『現代日本の豆本』今村秀太郎(昭和45)――あたふたと4冊選ぶ。
どうもこれでは、普段の即売展と代わり映えはしないようなんだけれども、まあどれも300円なんだから上出来じゃないかと自分を励ましながら……、岩佐東一郎詩集『三十歳』8000円、松崎天民『青い酒と赤い恋』20000円……「零がひとつ少ない」という夢が呆気なくしぼんでゆく。
青黴詩社『淵上毛錢詩集』は美しい書物だった。25000円ではどうにもならないが、昨日『淵上毛錢全集』を買ったから、せめてオマケにと、古本の神様が導いてくれたのかもしれない。実物を手に取れただけでも光栄だ。柔らかな紙の感触は、それはそれで美しい夢の一端だった。
最後に、水谷まさる『遠き幻』(交蘭社/大正15)2800円を追加する。少々思案するような値ではあるけれど、詩集ではなく欧米旅行の紀行文というのが面白そうだったし、会場の雰囲気に呑み込まれていたということもあったのだろう。この『遠い幻』は扶桑書房ではなく、かわほり堂の出品で、一人展という触れ込みながら、その他にも結構な分量の本をかわほり堂が出品していた。実質は二人展という趣きであった。
ミロンガで珈琲。さっき買った豆本をぱらぱら。
それから神田古書センター店頭(担当、みわ書房)にて『月の輪書林古書目録十三』特集「李奉昌不敬事件」予審訊問調書(月の輪書林/平成16)310円。これで神保町は切り上げて、荻窪ささま書店へ。
『演歌に生きた男たち』今西英造(中公文庫/2001)210円、『女の学校』丸木砂土(いとう書房/昭和22)420円、『世界寝室の神秘』菊池明(日本書院出版部/昭和7)525円、『肉刑の書』手塚正夫(光源社/昭和35)525円と小発見に恵まれて、山口薫のエッセイ集『歳月の記録』(用美社/昭和58)1575円とだんだん気分が(金額が)盛り上がり、とどめは3150円のヴラマンク自伝小説『危ない曲り角』モウリス・ヴラマンク(建設社/昭和6)。
【2023年7月追記】扶桑書房一人展
「扶桑書房」は文学書を専門に扱います。殊に近代日本文学の書籍・雑誌の品揃えが圧巻です。
店舗での販売は行なっていませんが、東京古書会館の「趣味展」に参加しており、毎回、近代文学の豊富な出品量と親切な値段とで、古本の魂を湧き立たせてくださいます。
趣味展の会場を訪れたら、まずは扶桑書房の棚から取り掛かるというお客さんも多いはずです。
その扶桑書房が、趣味展とは別箇に、単独で開いた即売展が「一人展」です。
会場は、普段の即売展と同じく、東京古書会館の地下一階。
あの会場のすべてが扶桑書房の棚になるのかと思うと、否が応でも事前の夢はふくらんで、はち切れんばかりになりました。
実際は、会場全面を埋め尽くすのはさすがに困難だったのか、売場面積をやや縮小しての開催だったと記憶しています。
また上述のとおり、「かわほり堂」の参加もあり、まったくの一人展ではなかったのですが、かわほり堂も近代日本文学が専門のひとつでありますから、いずれにしても壮観な品揃えでありました。
この日の第5回をもって終了となるということで、それまでの4回の開催をまったく知らずに過ごしていたとはじつに不覚です。
そんなわけですから、第1回から第4回までがいつ頃の開催だったのかについては分かりません。
しかしとにかく、最後だけでも探訪することができたのは、ぎりぎりの好運でした。
即売展の多くは2日間の日程で行なわれますが、一人展は1日のみの開催。12時開場でした。
古書会館を使用して、古本屋さんが単独で即売展を開くというのは、やはり豪儀なことなのか、以降、そのような話は聞きません。
……と思うのですが、一人展も古書会館で配布する即売展カレンダーには記載されていませんでしたし、もしかしたら、どこかの古本屋さんが、会員だけを集めて、秘密の即売展をこっそり開催したことが、あったのかどうか……。
こうして当時の日記を振り返りますと、何やら、胸の奥のほうでは「零がひとつ少ない」という夢が、今なおくすぶっているようでもあります。
〈関連日記〉
「趣味展」の扶桑書房については下記もご参照ください。
→【2010年7月16日/2023年1月追記】東京古書会館の趣味展と真夏のガレージセール