【2011年9月23日/2023年5月追記】紙魚之会と五反田遊古会

【2011年9月23日】
紙魚之会と五反田遊古会。
効率よくまわるならば9時半開場の五反田から、さらに雑本派なら無論のこと五反田を優先すべきなのだが、秋の紙魚之会はわが即売展探訪の原点であり、今日からまた新たな一年という謂わば元旦であり……などと、今回はまず紙魚之会を目指す。
猛者の主力が五反田に集まるのだとしたら、その留守の間に、紙魚之会でのうのうと収穫できるのではないかという下心もあった。
実際、10時ちょっと前に東京古書会館へ到着すると、開場待ちの20人ばかりの行列は御老体が多く、中堅の敏腕諸氏はやはり五反田へ馳せた模様である。
まず思惑どおりに事が進んだ。しめしめ? しかしここで浮足立つのは禁物なのだ。古本はいつも、こちらの思惑をしなやかにかわす敏捷な魚……そこにあるのはそこにある古本であって、そこにない古本は決してそこには現われぬ。
およそ2時間で、大正12年6月号の『新刊月報』(東京出版協会)というパンフレットをひとつきり。
200円。藤澤清造『根津権現裏』が新刊書として広告されていることが見所といえば見所か。
昨年秋の紙魚之会は遊古会のあとに訪れたのだが、それでも中村正常『隕石の寝床』に遭遇したりしたのだった。あとから来てもあるときはある、先に訪れてもないときはない、力加減は難しい。
力み返ったり脱力したり、まだ見ぬ魚を夢見つつ、歩けるかぎりは歩くのだ、古本のある場所へ。

「新刊月報」大正12年6月号表紙
『新刊月報』大正12年6月号(東京出版協会)

南部古書会館、五反田遊古会。
1階の棚はさすがに隙間が目立つ。いつもながら、この隙間が悩ましい。『著者と出版社』山崎安雄(学風書院/昭和29)200円。
2階に上がって200円の新書を2冊。『泥棒さん今日は』福島慶子(みかも書房/昭和34)と『雪迎え』錦三郎(三省堂新書/昭和50)。
それから紙物を集めた段ボール箱の中から『衛生長寿喰ひ合せの心得』なる小冊子。わずか8頁。初めは雑誌の切抜きを紐で綴じたものかと見受けたが、よく改めると2枚の用紙を重ねて二つ折りにしてあるところなど、簡易ながら1冊として独立しているようであり、裏表紙には奥付も備わっている。神栄館、昭和13年発行、定価10銭。この体裁で頒布されたのだろうか、不思議な印刷物だ。
さて、本文の喰い合わせ一覧を見るに、「蜆とそば…毛が抜ける」「鰻と銀杏…命にかゝわる」など、これはずいぶん昔に祖母の家で見つけた薬売りのチラシに載っていた忠言と同一だ。そのチラシはおそらく戦後のものと思われたから、年代ではこの『心得』のほうがずっと早い。
チラシには見られなかった項目が『心得』にはたくさんあって、曰く「薄荷に馬鈴薯…命にかゝわる」「豚に田螺…眉毛が抜ける」「山の芋に馬肉…真田虫わく」……ううむ。この奇天烈な喰い合わせの数々、いったい大元はどこの誰で、いつ頃から巷間に流布されるようになったのかしらん?

「喰ひ合せの心得」表紙
『衛生長寿喰ひ合せの心得』(神栄館/昭和13)

会計を済ませたあと、帳場の横のショウケースの上に未使用の切手シートが額面より安価で売っていたので、1000円分ほど追加して買う。《国立国会図書館新庁舎開館記念》1961/10円切手20枚170円、《北陸トンネル開通記念》1962/10円切手20枚170円、《蒸気機関車/150号機/7100号機》20円切手20枚340円、《紫陽花》25円切手20枚430円。
1階をもういちど覗き、10数冊かの雑誌『りべらる』の束を1冊1冊、目次を調べると、やなせたかし先生の漫画が掲載された号がふたつあった。昭和29年の8月号と9月号。太虚堂書房刊、各300円。
帰りは高円寺のガード下四文屋へ寄道して、煮込みとホルモン塩ポン酢と焼酎3杯。

『りべらる』昭和29年8月号(太虚堂書房)

【2023年5月追記】喰い合わせ
初めて古書会館の即売展を訪れたのが2009年9月の「紙魚之会(しみのかい)」でしたから、個人的にはこの秋の紙魚之会が新たな1年の始まりということになります。
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喰い合わせ(食い合わせ)、あるいは食べ合わせ、また合食禁(がっしょくきん、がっしょうきん)などとも言ったりするそうですが、一緒に食べると害になる食物の取り合わせです。
「鰻と梅干」や「天麩羅と氷水もしくは西瓜」など、現代でも耳にすることがあります。
消化が悪くてお腹をこわすとか、栄養の吸収を妨げるとか、そういうことであれば何となく納得もゆきますけれど、「豚に田螺(たにし)」でどうして眉毛が抜けるのか、なぜ髪の毛やまつ毛ではなく眉毛だけなのか、疑問は尽きません。
実際、科学的にはさしたる根拠のないものがあるようですし、仮に事実だったとしても結局は大量に食べ過ぎなければ影響はないというところでもあるようです。
保存方法がしっかりしていない時代では、それなりに有効であったのかもしれません。
なかば迷信の一種であったと言えそうですが、それにしても公けの印刷物にまでなっている。
民間の言い伝えとして、まったくの嘘八百ではなかったのではないかとも思われるのです。
毛が抜けるくらいならまだ笑い飛ばすこともできますが、「命にかゝわる」と言われると、さすがに不安になります。
そんな馬鹿なと思いつつ、「鰻と銀杏」、「薄荷と馬鈴薯」、やっぱり一緒に食べるのは恐ろしい。
健康の秘訣を伝授する『衛生長寿喰ひ合せの心得』ではありますが、食卓からは目につかない場所に仕舞っておいたほうが平穏なのかもしれません。