【2012年1月20日/2023年8月追記】五反田遊古会、我楽多市、新春古書市

【2012年1月20日】
朝から大粒の雪。カラッカラの空気がようやくうるおう。
山手線に乗り換える頃には雨となり、さしたる遅延に見舞われることもなく9時20分には南部古書会館に到着する。五反田遊古会。
1階ガレージ。ぷやら新書の第1巻『えぞおばけ列伝』知里真志保(ぷやら新書刊行会/昭和36)200円と、『ストライキ記者』入江徳郎(国際出版/昭和23)210円。

知里真志保「えぞおばけ列伝」表紙
『えぞおばけ列伝』知里真志保
(ぷやら新書刊行会/昭和36)

2階。ああ、ここは暖房がぬくぬくで楽園だ。
まずは200円均一棚から『偉人粋人』秦豊吉(学風書院/昭和31)。
黒沢書店の棚では『人が汽車を押した頃』佐藤信之(崙書房ふるさと文庫/昭和61)200円。千葉県の人車鉄道を研究した1冊だ。
もう1冊、大和田建樹『文章組立法』大正7年第12版(博文館/初版明治39)。目次を見ると、「三、普通文と美文」など、21世紀にはあまり通用しそうもない文章法なんだけれども、実用できない実用書、ならばこそ。と、2000円と少々値は張るが購入する。各ページの上段には美文小品と題された大和田先生の作文例が載っていて、そのなかに「古本屋」なる一文あり。
古書一路の棚から『坂井米夫詩集』(思潮社/昭和41)300円。
見送った本では、常盤とよ子『危険な毒花』カバ帯付きで4000円。いつだったかの目録では15000円で出品されていたことがあった。そうかと思えば、反町の神奈川古書会館で裸本が300円で売られていたのを見たこともある。見極めの難しい1冊。
のけぞりそうになったのは宍戸左行の漫画漫談『アメリカの横ッ腹』昭和4年刊、函付、10000円。

大和田建樹「文章組立法」表紙
『文章組立法』大和田建樹(博文館/明治39/12版=大正7)

神保町へ移動して、三省堂書店正面入口の新春古書市で摂津茂和『3弗夫婦』(東成社/昭和27)500円。1ページだけ、上部に欠損があるが、まあこの値段ならよいでしょう。三省堂では8階の特設会場でも古書市を開催しているらしい。あとで行ってみよう。

摂津茂和「3弗夫婦」表紙
『3弗夫婦』摂津茂和(東成社/昭和27)

その前に東京古書会館の我楽多市。
金沢書店にて峯岸義一の新書判『つぼを外したこと』(美和書院/昭和31)を見つけて歓ぶ。735円。
古書ことばの棚から『釜ヶ崎愛染詩集』東淵修(彌生書房/昭和48)1200円。以上の2冊。
入口のショーケースの陳列品を鑑賞、おや、また『危険な毒花』だ。カバ帯でこちらは12600円か。南部会館のあれは、やっぱり特価だったのか……。

峯岸義一「つぼを外したこと」表紙
『つぼを外したこと』峯岸義一
(美和書院/昭和31)

三省堂に戻って、もういちど店頭古書市を眺めていると、どしんッと、ただならぬ物音。駿河台下の交差点を見遣ると男の人が倒れている。自動車と自転車がぶつかったようだ。救急隊が到着して、それほど緊迫した様子でもなかったので、大きな怪我ではなかったようなのだが、しばらくは心臓がどきどきする。
8階に上がって特設会場の新春古書市。
南達彦、林二九太、乾信一郎などジグソーハウスの棚は今日もこんこんと湧き出るユーモア小説の泉。いずれも状態は良好で値段は3000円前後。さっき、下で買った『3弗夫婦』もジグソーハウスの出品だったのだが、ページ破れの難アリということで大幅に値段を下げてくれたのだろう。
『ユリイカのカット ’57~’61』真鍋博(トムズボックス/1989)800円、『私の見てきた古本界70年』八木福次郎さん聞き書き/南陀楼綾繁編(スムース文庫/2004)600円、『兎とよばれた女』矢川澄子(ちくま文庫/2008)400円。3冊を購入する。
地上へ降りると、何事も無かったかのように、十字路の往来は日常を取り戻していた。雨も一息ついたようだ。
高円寺ガード下四文屋の焼酎に寄道して帰る。

真鍋博「ユリイカのカット」表紙
『ユリイカのカット ’57~’61』真鍋博
(トムズボックス/1989)
八木福次郎さん聞き書き「私の見てきた古本界70年」表紙
『私の見てきた古本界70年』八木福次郎さん聞き書き/南陀楼綾繁編
(スムース文庫/2004)

【2023年8月追記】ぷやら新書など
「ぷやら新書」……不思議なひびきです。
いちど耳にしたら忘れられません。
発行所、ぷやら新書刊行会の所在地は札幌。
「ぷやら」とは、アイヌ語で「窓」の意なのだそうです。
新書と名乗ってはいますが、本の判型は新書判ではなく小さな豆本です。
1961年(昭和36)から1973年(昭和48)にかけて、全50巻が刊行されました。
北海道にゆかりのある人たちが、それぞれの北海道を綴っています。
編集および発行人の和田義雄【わだ・よしお、1914(大正3)-1984(昭和59)】は、児童文学者でもあり、札幌刊の児童文学雑誌『北の子供』(新日本文化協会)の編集に携わったほか、沖積舎から童話集『雪の花が咲いた』(1981)、『月の夜のママ』(1983)が刊行されています。
また和田氏は、札幌の喫茶店「サボイア」の経営者でもあったそうです。
『札幌喫茶界昭和史』というたいへん興味深い著書があります。童話集と同じ沖積舎から、1982年の刊行なのですが、この本はなかなか珍しいようで、1994年には財界さっぽろが復刊もしているのですが、どちらとも私はまだ見かけません。
執筆、出版、喫茶店と、和田義雄氏は、たしかに北海道文化の「窓」のような人物だったのでしょう。
ぷやら新書はのち1981年に、やはり沖積舎が全巻を新装覆刻しています。
覆刻版は判型がひとまわり大きくなって、文庫本と同じ大きさです。
元版、覆刻版とも、そんなにしょっちゅう見かける本ではありませんが、即売展などで豆本の入った箱をごそごそやっていると、ぽろりと現われることがあります。
アイヌ民族の文様を意匠にしているのではないかと思うのですが、装幀は各巻で共通なので、すぐに「あ、ぷやら」と気づきます。

参考
*「和田義雄『札幌喫茶界昭和史』と和田由美『さっぽろ喫茶店グラフィティー』」/〈コーヒージャーナル〉伊藤與彬
*〈国立アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブ〉
*〈『児童文学事典』電子版〉
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この日訪れた即売展を簡単に――
南部古書会館の「五反田遊古会」は1年6回、奇数月に開催されます。
東京古書会館の「我楽多市」は例年1月と7月(もしくは8月)に開かれていましたが、昨年2022年7月の開催をもって休会となりました。
昨年は我楽多市の時期だった7月最終週に、今年は「中央線はしからはしまで古本フェスタ」という新しい即売展が誕生しました。総勢36店舗という、異例と言えるほど多くのお店が参加して、当日の会場はたいへん賑わっていました。
「三省堂書店神保町本店」の古書市は、正面入口や8階特設会場を使って、定期的に行なわれていました。ときには、この日のように、1階と8階で同時開催ということもありました。
本店ビル建替えに伴い、古書市は2022年2月の「最後の古書市」をもって終了となっています。
2023年7月現在、三省堂書店の跡地はすっかり更地となって、やけに空が広いのです。