【2012年1月25日】
鎌倉の神奈川県立近代美術館にて「藤牧義夫展」を観る。隅田川絵巻に圧倒される。
展覧会の図録『生誕100年藤牧義夫』は求龍堂の刊行、2100円。時々、こうして書店でも取り扱う一般書籍として図録が発行されることがあるけれど、何と言うのか、それらはいずれも図録独特の肌合いが減じてしまうようでもあり、ちょっと残念だ。単なる好みの問題なのだが、カバーも帯もまとわずに、いくらかぶっきらぼうなくらいの体裁のほうが、展覧会の図録には似合うようなのである。
もっと残念だったのは、この美術館からもとうとう灰皿が消え去ってしまった。
小町小路の2軒の古本屋をめぐる。
お店そのものが一幅の書画のような木犀堂。店内に入るのは初めてだったが、美術展の続きのような塩梅で、くるりと鑑賞して退出する。
以前はもうちょっとごちゃごちゃしていたように憶えている藝林荘も、改装を施したようで、すっきりと端麗な佇まいだった。
『ヴィルヘルム・ハンマースホイ展』図録が7000円で、このあたりが相場だとすると、一昨日趣味展の目録に1800円で出品されていて張り切って注文ハガキを書いたけれども、どうやら競争率は高そうだ。
小町の2軒では何も買わずに、路地裏を通り抜けて鎌倉駅へと戻り、横須賀線の線路をくぐって、次は御成町の四季書林へ。
店内に入るや否や「ごめんなさい、まだなんです」と、奥から出てきた御主人に宣告され、おあずけを喰らったチロのように、尻っぽを丸めて退散となる。
踏切の傍らの游古洞。
奥様(女性店主?)が店内の通路に掃除機をかけておられる。もしやここも「まだなんです」の門前払いかと、恐るおそる訊ねると、「どうぞ」と、招じ入れてくださり、チロは尻っぽを振る。
書籍のほかに骨董品も扱うお店で、窓辺の棚に置かれたガラス盃の、ややくすんだ曲線が、外光を静かに屈折させている。年季の入った書架を一瞥すれば、こちらも物静かにくすんでおり、その仄かな匂いに鼻がふくらむ。がらくた箱のような小部屋――と言って、もちろんこの形容は褒め言葉なんだけれども、わずかな隙間を横向きに移動しながら、鍋井克之の随筆集『閑中忙人』(朝日新聞社/昭和28)2800円を見つけたりして、じっくりと、がらくた箱の小宇宙遊泳を満喫する。鍋井克之の本がもう1冊、書物展望社版の『和服の人』もあったのだが、価格5000円ということで引き下がった。
つづいて由比ガ浜の公文堂書店。
こちらの店内は広々としている。游古洞の直後とあっては尚更に、すっきりと見通しのよい通路を、却って持て余すほどに。
帳場のすぐ近く、戦前を中心とした古書を取り揃えた棚が見どころで、岩佐東一郎『茶煙閑語』(文藝汎論社/昭和12)4200円が、会心の1冊だった。
色とりどりの文庫本の棚には『西洋商売百話』品川卯一(三光社/明治44)1260円、なんていう明治の小型本が奮闘していて、買わずにはいられない。
中川道弘『金茎和歌集』の現物とついに出くわしたが、正篇4000円、続篇3000円ということであれば、またの遭遇を、出来ればもう少し廉価での再会を願いつつ、表紙を撫でて棚に戻す。寺山修司『棺桶島を記述する試み』3000円、もし岩佐東一郎を見つけていなかったら、これを選んだかもしれない。
昼下がりの江ノ電和田塚駅。日向のベンチで電車を待ちながら古本をめくる。
藤沢へと出て、有隣堂5階の古書売場を覗き、4階でも小規模な古書市を開催していたのでひとめぐり。ついでに、ぽんぽん船にも立ち寄る。
駅前に安酒場を見つけて熱燗ああ旨い。ホロヨイになれば、もう少し古本の気分であり、駅北口の太虚堂書店を訪れると、ここでも鍋井克之だ、『大阪ぎらい物語』(布井書店/昭和37)2000円。一昨日の趣味展目録注文では、『ハンマースホイ展』図録と一緒に、鍋井克之『富貴の人』を申し込んだのだけれど、注文ハガキを出してみると、あちらこちらから鍋井克之が寄り集う。
【2023年8月追記】鎌倉の古本屋その後
小町通りの「木犀堂」と「藝林荘」は閉店しています。
観光客でにぎわう目抜きの通りに古本屋があるというのは、いかにも古都らしい風情でありましたが、古い町にも時間は流れ、時代は変わります。
木犀堂の閉店時期は詳らかにしません。藝林荘は2019年に閉店となりました。
なお小町通りには「大里書店」という小さな新刊書店が、今なお健闘しています。
藝林荘は一時期、神保町に支店を構えたこともありましたが、現在は店舗販売は行なわず、通信販売のみの営業です。
藝林荘については下記合わせてご参照ください。
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御成町の「四季書林」も閉店しています。時期は不詳です。
近代文学が中心のお店ということでしたから、ぜひいちど、ゆっくり棚を見てみたかった。
いずれ日を改めて出直せばよいだろうと、当時は呑気に構えておりましたが、結局は日を改めないまま、最初で最後の探訪でした。
「まだなんです」と言われても、駄々をこねて、居座っておけばよかったと、今となっては思わぬこともないのですが……もう遅い。
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同じく御成町の「游古洞」は現在も営業しています。
店先には古道具と古本があふれ、通り掛かって思わず足を止める観光客は多いでしょう。
そのまま店内に入るかというと、恐れをなすのか(?)、案外と通り過ぎて行ってしまうようです。
小さな部屋はより濃密に、雑然と古い物々が絡み合い、何かとんでもない逸品が出てきそうで、たとえ出てこなくても、一見の価値ありです。
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鎌倉駅から南へ進んで、由比ガ浜の「公文堂書店」も営業しています。
鎌倉の老舗古書店です。
広い店内に、びっしり本が並びます。
時間に余裕をもって訪れたい古本屋さんです。
東京古書会館の即売展「ぐろりや会」にも参加されています。
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2011年当時はまだありませんでしたが、その後、市役所前のトンネルを抜けた先の佐助1丁目に「古書くんぷう堂」、游古洞から今小路を北に進んだ扇ガ谷1丁目には「今小路ブックストア」と、2軒の古本屋さんが誕生しています。
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藤沢では、南口駅前「有隣堂」5階の古書売場「リブックス藤沢」は現在も営業しています。
また4階ミニ催事場での「フジサワ古書フェア」も、定期的な開催が続いています。
「ぽんぽん船」というちょっと変わった屋号の古本屋さんは、有隣堂と同じフジサワ名店ビルの1階にあったのですが、その後閉店となりました(時期不詳)。
「太虚堂書店」営業しています。創業昭和24年の老舗。たいきょどう、と読みます。
〈関連日記〉
藤沢駅周辺の古本屋
→【2010年5月29日/2023年1月追記】湘南古本散歩、平塚・藤沢
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鶴岡八幡宮境内の神奈川県立近代美術館は2016年3月に閉館となりました。
その後の2019年6月、「鎌倉文華館鶴岡ミュージアム」として新しく開館。
坂倉準三の名建築は現存しています。