【2012年10月20日】
関内へ出かける。途中、横浜駅で〈南伊豆町伊勢海老列車〉という何やら旨そうな臨時電車を見物する。
関内駅で降りて、10時、有隣堂本店別館のヨコハマ古書まつり(第38回)。事前の目録をもらったことは何回かあるが、会場を訪れるのは初めてだ。
入口から順に棚をたどって半ばを過ぎたあたり、宮下幻一郎『たぬき先生行状記』(優文社/昭和31)を見つける。帯には長編風流ユーモア小説と銘打ってあり、いかにも貸本小説という体裁。1250円での収穫に、ここまで来た甲斐はあった。横浜市西区の一心堂書店の出品。一心堂の区画には和本の画譜も10数冊積んであり、3、4000円の価格帯。色刷りとなるとさらに値は張るが、さすがに美しい。

(優文社/昭和31)
イセザキ・モールに出るとブックオフの看板が見えたので入店。
3階の児童書売場で長新太のマンガどうわ『なんじゃもんじゃ博士ドキドキ編』(福音館書店/2007)――『ハラハラ編』の続編らしい――500円と、W・デ・ラ・メア『九つの銅貨』(福音館文庫/2005)350円。
2階の文庫売場では105円のライトノベルを2冊、『読書の時間よ、芝村くん!』西村悠(一迅社文庫/2009)と『官能小説を書く女の子はキライですか?2』辰川光彦(電撃文庫/2010)。
ブックオフはいつも、急き立てられるように棚を早回りしてしまうのだが、この店はまた一段と本が大量で、一階の単行本はパスする。
路地をはさんだ向かいの建物の2階に誠文堂書店。
入ってすぐ右手が美術書や図録、それから文庫、新書と続いているのだが、このあたりで何かを買わないと、奥へゆけばゆくほど、学術書、専門書が屹然と聳え、教壇の高みから見下ろすようにこちらを見下ろす。
何も買えずに階段を降り、改めて看板を見れば田辺書店となっている。2階の窓ガラスには、たしかにSEIBUNDOと表示してあるのだが。
誠文堂書店は先ほどのヨコハマ古書まつりにも参加しており、鞄から目録を取り出して所在地を確認すると中区南仲通とあって、ここは中区伊勢佐木町。はて。
元々はここに店舗があった誠文堂が南仲通へ移転して、その跡地へ田辺書店が入店したのではないかとも思われるのだが、詳しいところは不明。
もう少し進んで先生堂古書店を探すも見当たらず。
右へ曲がって日ノ出町駅。道すがら、周回遅れで時代の前衛に突き出てしまったような昭和雑居ビルの異観に見とれる。
日ノ出町駅前の文昇堂、見当たらず。再開発で更地になっている場所にあったのではないか?
場外馬券場を通り過ぎて交差点を左折、天保堂苅部書店の古めかしい大きな看板が見える。よい眺め。
秋晴れの明朗な午後に、そこだけ異界に通じているような、黒ずんだ空間へ。
土間の床にしゃがみこみ、下積みの書物に目をやれば、年代物の埃が積もる。
帳場では老夫婦が寄り添って、会話はなくとも、仲睦まじくお店番。
奥様はがばりと競馬新聞をひろげ、ラジオから聞こえてくる競馬の実況中継が辛うじて外界の消息を伝える。旦那様は競馬に興味は無いのか、あるいは手持無沙汰だったのか、通路の脇に置きっぱなしにしておいた私の鞄を「こっちに置いておくね」と、わざわざ帳場の脇に運んでくださる。あ、有難うございます……、しかし実はさっきから1冊も手にとれないまま、もうじき最後の棚に行き当たろうとしているのである。鞄の配慮まで頂いて、この展開で何も買わずに引き下がるのはちょっと気まずい。
最後に見た棚には神奈川、横浜の郷土誌が集められていた。
かもめ文庫か有隣新書で急場をしのごうかと思っているところへ『詩人北村初雄』という背表紙が目に入る。著者は安部宙之介。
どこかで見たような名前でもあるが、気のせいかもしれない。
なぜこの本が横浜の棚に並んでいるのかというと、年譜によれば、北村初雄は少年時代を横浜南太田町で過ごし、神奈川県立第一中学校を卒業しているのであった。
『詩人北村初雄』安部宙之介(木犀書房/昭和50)900円。無事に買物を済ませ、鞄を受け取る。
外へ出る。外光がまぶしい。右手に延びる坂を登りつめれば野毛山動物園、そちらに古本屋は無いので左へ。
まっすぐ進めば恵比寿書店や友愛堂花咲書店があると古本屋地図には記してあるのだが見当たらず。両店ともすでに廃業した模様。
中華街、スタジアム、美術館と、横浜は幾度か訪れているけれども、何となく身体の芯に馴染んでいないように思えたのは、今まで、横浜の町で古本を買ったことがなかったからなのだろう。

【2025年1月追記】ヨコハマ古書まつり/伊勢佐木町周辺の古本屋
「ヨコハマ古書まつり」は2018年10月の第42回をもって終了しています。
年1回、毎年秋の恒例行事でした(2013年14年は開催なし)。
2012年の探訪当時、神奈川県内では最も歴史の古い古書まつりだったはずです。
会場は「有隣堂伊勢佐木町本店」の別館。本店ビルの裏手にありました。
書物のみにとどまらず、横浜の文化の拠点と言えるような有隣堂本店での古書市でしたから、無くなってしまったのは惜しいです。
詳しい経緯は分かりませぬが、2019年に別館が営業終了となり、古書まつりの終了もそれに伴うものだったのではないかと思われます。代替地を見出せなかったのかもしれません。
時代の流れではありますが、流れであるならばいつかまた向きを変えることもあるでしょう。
2023年11月には有隣堂本店から程近い関内駅前のセルテ4階において「ヨコハマ関内古書まつり」が初めて開催されました。中心街に久しぶりに伝統的な古書まつりが戻ってきたのですが、翌2024年の開催は見られませんでした。ヨコハマを冠した古書まつりの、今後の展開が注目されます。
なお、同じくセルテの1階には、古本市から始まってそのまま常設店舗へと変身した異例の古本屋「関内BOOKバザール」があります。
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古書まつりの後に訪れたお店のその後を簡単に記しておきます。
「BOOKOFF PLUS 横浜伊勢佐木モール店」は現在も営業しています。店舗は地下1階から5階まで。本も、本以外も、多数取り揃えます。
「田辺書店」は閉店となりました(閉店時期不詳)。探訪したのはやはり田辺書店だったようです。窓ガラスに痕跡のあった「誠文堂書店」は、日記にも記してあるとおり、当時すでに南仲通に移転。みなとみらい線馬車道駅の近く、神奈川県立歴史博物館の向かいで現在も営業しています。
「天保堂苅部書店」現在も営業。昭和時代の面影を濃厚に保存する佇まい。それだけでも訪れる価値があります。
「先生堂古書店」「文昇堂」「恵比寿書店」「友愛堂花咲書店」この4店舗は2012年すでに跡形なしでした。1999年刊行の『全国古本屋地図』(日本古書通信社)を唯一のガイドブックにして歩いておりましたから、訪れて何もない、そんな憂き目も毎度のことでした。
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イセザキ・モール周辺にはその他にも「活刻堂」「雲雀洞」「馬燈書房」「川崎書店」「ブックスガレージ」「紅葉堂長倉屋書店」など、まだまだ古本屋さんが点在しています。これらのお店を探訪するのは今しばらく時を経てからの事となります。