【2012年11月10日/2025年2月追記】いせや総本店で『焼酎詩集』を読む

【2012年11月10日】
西部古書会館、好書会
いずれ劣らぬ名優揃いの帳場の面々。朝一番のぼやきが聞こえ、若頭(?)の威勢のよい発声が響き、その談笑を抜け出してガレージに取り散らかった廉価本を黙々と整頓している老店主。
浅見書店、ぶっくす丈、藤井書店、竹岡書店……期待していた棚にこれという収穫はなく、ガレージで拾い上げた『ふるさとに味あり』秋吉茂(朝日ソノラマ/昭和51)210円のみ、おとなしく買う。
嶋木文庫の棚で見つけた石黒敬七『柔道千畳敷』は〈とんち教室より面白い〉と帯に謳ってあっていちどは確保したのだが、果たしてとんち教室より面白いのかどうか、そもそもとんち教室の面白さを知らない。どこをめくっても柔道の話題ばかりのようだったので会計の直前に返却してしまった。

荻窪、ささま書店
大判の美術書の棚からオノサト・トシノブ画文集『抽象への道』(新潮社/昭和63)2100円。
この画家の名は瀧口修造の文章で知ったのだが、抽象絵画作品は国立近代美術館の常設展で見たことがある。文章はまだ読んだことがないので買ってみた。

吉祥寺、いせや。
先週の古書愛好会で買った及川均『夢幻詩集』に刺激されたのか、ずいぶん前に買い求めてそのままだった同じ詩人の『焼酎詩集』を今日は鞄に入れてきた。
折角読むなら焼酎を飲みながら、焼き鳥の煙の洗礼を浴びながら――。

〈また。
 ごくごくと飲んでやるのだ。

 あの。
 血のような。水のような。

 火薬のように。
 かなしいものを。

    消えたランプを灯すのだ。
    涸れたコップはみたすのだ。〉
――及川均「夜の機関車」/『焼酎詩集』(日本未来派発行所/昭和30)

陶然とする読書である。レバーとシロで焼酎一杯。
ツクネとネギの焼き上がりを待つあいだにもう一杯。ところがツクネとネギの注文が通っていなくて、改めて頼みなおし、もう一杯。焼き上がってもう一杯。
『焼酎詩集』二読、三読。
チュウ四杯はさすがに応えた。だが……、

〈焼鳥もろとも。
 ここに。こうして。堪えるのだ。〉
――及川均「焼鳥もろとも」/『焼酎詩集』

及川均「焼酎詩集」表紙
『焼酎詩集』及川均
(日本未来派発行所/昭和30)

【2025年2月追記】及川均『焼酎詩集』再読
『焼酎詩集』の発行は昭和30年2月15日。
日本未来派発行所より「日本未来派シリーズⅦ」として出版されました。
新書判より僅かに細身の判型で、本文50余ページ。背表紙のない小冊子です。
巻頭の2篇は2行詩。以下、いずれも2行数連から成る作品がつづき、全部で14篇の詩が収録されます。

及川均【おいかわ・ひとし】は1913年(大正2)、岩手県に生まれました。
小学校の教員生活を送りながら詩作をつづけ、戦後は日本未来派や歴程に所属。
昭和24年には上京し、小学館や集英社に勤務していたこともあるそうです。
1996年(平成8)に逝去。

〈国会図書館〉や〈日本の古本屋/書誌カタログ〉に拠りますと、10冊の著書が確認できます。
私は『焼酎詩集』と、同じく日本未来派シリーズ『夢幻詩集』の2冊しか眼にしておりませんが、詩集のほかに、童話『北京の旗』(国民図書刊行会/1944)や、児童向けの評伝『石川啄木』(杜陵書院/1948)もあるようです。
2016年には詩人の没後20年を記念して『新編及川均詩集』鈴木修編著(結来社)が刊行されています。

さて。焼酎を飲みながら『焼酎詩集』を読むとはずいぶん月並な発想ですが、この軽装詩集はたいへん手のひらに馴染みやすく、片手に本、もう片方の手に焼酎のコップを持つと、絶妙な釣合いです。
10年以上昔に買い求めた本ですから、最早どこかに埋もれてしまったのだろうと思っていたところ、案外とすぐに見つかったりもして、見つかれば読み返したくなり、先日、いせや総本店で再読しました。それしか思いつかないのかという、十年一日の行動なり。
しかし昔も今も、焼酎と共に呑みくだせば胃の腑に沁みる言葉であります。
表紙をめくると署名入りで、宛名は金子光晴様。そう言えばそうだったと思い出しました。
普段から署名本にはさほど関心を持たないという怠け者ゆえ完全に忘れていました宝の持ち腐れ。
改めて眼にすれば、詩人から詩人へと手渡された1冊が、巡り巡ってこの手にあることが不思議でなりません。今更のようにじわじわ込みあげてくる感興など、あるいは焼酎のもたらす功徳でありましょうか。
扉の裏には著者近影が載っています。
今まさにマッチを擦って煙草に火をつけようとしている詩人は、毛髪を短く整え、黒縁の丸眼鏡、鼻下にチョビ髭。ネクタイを締め、シャツは腕まくり。
詩集の刊行は昭和30年ですから、当時は出版社に勤務していたのかもしれませんが、なるほど、小学校教員という風貌でもあります。
しかしながら面差しに無頼の影もちらついて、普通の大人とは一風変わったこの先生は、子どもたち(特に悪餓鬼)から滅法慕われていたのではないかと想像してみます。
著者自身の後記に、この詩集は「及川均晩年の荒唐である」と記されます。
晩年と言ってもまだ42歳のはずなのですが、そう書かずにはいられない自負があったのでしょう。
国会図書館の所蔵一覧を見てびっくりしたのは、《わきめもふらず。ジグザグに。》という楽譜の存在です。男声合唱組曲ということで表題作と合わせて4曲、いずれも『焼酎詩集』収録の詩です。作曲は信長貴富氏。2022年にカワイ出版が刊行しています。割合に最近です。

〈一杯のあとにはまた一杯。
 その一杯のあとにまた一杯。

 胃の腑が承知しないまでは
 しかたがないから飲むまでです

 兄弟よ。飲め。
 飲むにかぎるにかぎる〉
――及川均「わきめもふらず。ジグザグに。」/『焼酎詩集』

詩人の激励にもかかわらず、いせや総本店での再読はわずか2杯で出来上がってしまったことを報告しなければなりません。