【2012年11月16日】
10時半、SL広場の新橋古本まつり。
最初に取り掛かったしましまブックスから『視覚のいたずら』長尾みのる(小学館ライブラリー/1999)200円。次の天幕(店名失念)に移って『車窓より見た日本の植物』藤井常男(現代教養文庫/昭和47/4刷)100円。
この調子で全ての天幕から1冊ずつ買物ができれば大漁なんだが、そう3匹も4匹も泥鰌は泳がない。
どこのお店の天幕だったか、仔犬を連れた奥様が料理本を買って言うには――ちょっと犬を預かってもらえますか――。古本屋に本の取り置きは当たり前だけれども、古本屋に犬の取り置き? 置いてゆかれた仔犬も、お守りを任された店番の青年も、何だかよく分からないという顔つきで、日なたにきょとんと、飼い主の帰りを待つ。
川崎から参加のブックスマッキーの天幕で、絵本『本はこうしてつくられる』アリキ(日本エディタースクール出版部/1991/2刷)400円。
古書自然林では『慶長以来小説家著述目録』なる袖珍本。中根蕭治編、青山堂支店より明治26年刊行。江戸期の著述を、いろは順の作者ごとに羅列した目録だが、資料として有益に使うつもりもないのに、ただ眺めるだけのために買ってしまってそれでよいのか。200円ならよいのだろう。冒頭をちょっと立読みする。市場通笑『女天狗一升酒底抜男』『其の数々酒の癖』、伊庭可笑『珍談雷の婚礼』『紙屑身上噺』、幾治茂内『化物七段目』……愉快じゃないか。
船越書店の天幕にて図録『ジャック・カロ版画展』(神奈川県立近代美術館/1989)300円。
これも店名は忘れたが百円均一のひと並びから『銀河の女戦士』C・L・ムーア(ソノラマ文庫海外シリーズ/昭和60)、表紙のイラストは松本零士。
3時間半ほどで1周。計6冊。
高架線の新橋駅プラットホームから見下ろすと、SL広場に並ぶ青白縞々の天幕は停泊する船のように、穏やかな午後の日を浴びている。古本を運ぶ船。
神保町に移動して、ミロンガで珈琲。『本はこうしてつくられる』をめくる。猫の出版界を舞台にした可愛らしい絵本だが、作家の執筆から始まって読者の手許に届くまで、本の出来上がる過程を、「ゲラ」や「4色印刷」や「化粧裁ち」など専門用語も交えながら詳細に描いてあって内容は本格的だ。
古書店街の店頭棚に沿ってぶらぶら歩きながら、途中、岩波ブックセンターで『日本古書通信』2012年11月号。通巻1000号記念特大号というお芽出度い号を買う。普段より大増頁ながら価格は据え置きの700円でうれしい。
東京古書会館では東京古典会主催の古典籍展観大入札会。今日と明日は一般公開で誰でも入場できる。
玄関を入ると通路に赤い絨緞が敷きつめてあった。麗々しく、仰々しい。たじろぐ。場違いなのは明らかなんだけれども、事前に配布の出品抄に載っていた『百万塔陀羅尼』の本物を一目見ておきたかった。最初で最後の機会かもしれない。
会場はいつもの即売展会場の地下ではなく、会館の2、3、4階を使用。絨緞を辿ってエレベーターに乗り込み、4階へ。ガラスケースの中に『百万塔幷自心院陀羅尼』一基一巻は陳列されていた。思ったよりずっと大きい。出品抄の図版で見るかぎりは、掌に隠れるようなミニチュアの塔を想像したのだが、実物は両手に余るほどの寸法だ。細長い紙片に印刷された陀羅尼の文字は、こんな言い方をしてよいのかどうか、いわゆるヘタウマ式を思い出させるような独特の楷書体で〈薩婆阿伐羅〉などと、素人にもくっきり読める文字だった。これが世界最古の印刷物……ぴりぴりと脊椎が痺れるような一刻を堪能する。
もちろんこの他にも、展示してある古典籍はすべて、一生に一度拝めるかどうかの稀覯本ばかりなのだが、あれもこれもと欲張ると眼玉が混乱して肝腎の百万塔陀羅尼がぼやけてしまう。よそ見はしないでまっすぐ地上に戻る。
さてそれでは、眼を養ったあとは喉をうるおしましょう。
高円寺、都丸支店の店頭壁棚から『死ぬときはひとりぼっち』レイ・ブラッドベリ(扶桑社ミステリー/1989/3刷)100円。作家自身の言葉によるとこの1篇は〈ハードボイルド探偵小説〉なのだそうである。ブラッドベリがハードボイルドを書いていたとは知らなかった。
その先のガード下四文屋へ。
日も暮れて焼酎の杯をかさねれば、ゆらりゆらり、もう少し古本。
DORAMAにて、へんてこりんな本を集めた『アホアホ本エクスポ』中嶋大介(ビー・エヌ・エヌ新社/2008)というへんてこりんな本、550円と、『ホタル☆せいかつ』紅音ほたる(リイド社/2008)これも550円。
久しぶりに古書十五時の犬に行き、『自由か愛か!』(白水社/昭和51)著者は「デスノスです」と、それが言いたかったのか1000円、それから創元推理文庫版の紀田順一郎氏の古書ミステリーを2冊『古本街の殺人』(2000/新装版)100円、『古書収集十番勝負』(2000)200円。
最後にサンダル文庫も訪れたのだが、遂に尿意に耐え切れなくなり駅へと急ぐ。

/パンフレット(東京古典会)
【2025年3月追記】古典籍展観大入札会
東京古書会館の「古典籍展観大入札会」は毎年11月に開催されます。
会期は金曜日から月曜日までの4日間。
金曜土曜の展観は一般公開になっており誰でも入場できます。無料です。
後半、日曜月曜の入札会は全古書連加盟店のみによって行なわれます。どのような儀式(?)が執り行なわれるのかたいへん興味深いところではありますが、一般客の参加(見学)はできません。
主催は東京古典会。東京古書組合の加盟店のなかで、古典籍を専門に取り扱う業者によって運営されています。創立から既に100年を超える歴史があるそうです。
通常は業者を対象とした市場を運営する東京古典会が、年にいちど、広く門戸を開け放ってお客さんを巻き込むのが古典籍展観大入札会です。
会場には、江戸時代より以前を中心とした版本、写本、あるいは古文書、古地図、錦絵など、和漢の名品逸品が陳列されます。
その壮麗典雅な世界は、古典籍に慣れ親しむ機会を持たぬ者にとって、普段、頭の中に仕舞ってある〈本〉とか〈古本〉とかの概念を思い切り蹴破ってくれます。
出品すべてが文化財と言えるわけですが、ただ見るだけの展示品ではなく、すべて商品であるということは、やっぱりびっくりです。
実際に手にとって見ることもできます。
日記に述べた『百万塔陀羅尼』はガラスケースの中に入っていましたから、「ちょっと見せてください」と申し出る勇気を私は持ちませんでしたけれども、お願いすれば取り出してくれたのでしょう。
博物館の展覧会では考えられないような鑑賞方法です。
ついでながら『百万塔陀羅尼』――ひゃくまんとうだらに――は、木製の小さな塔の中に、陀羅尼という経文を印刷した紙片を納めてあります。この陀羅尼は、現存し、かつ制作年代がはっきりした印刷物のなかでは世界最古と言われています。その名のとおり百万基が、奈良時代に作られました。
そんな国宝級の稀覯品であれ、しかるべき準備が整えば購入さえ可能です。
入札会ですから必ず手に入るとは限りませんが、懇意の古書店に依頼すれば入札を代行してくれるそうです。
どうしても買いたければ(準備さえ整っていれば)、懇意のあるなしに関わらず、会場の業者の方に尋ねてみれば相談に乗ってくれるのではないかと思われます。
一般に公開する入札会として、東京古書会館では古典籍展観大入札会のほかにもうひとつ、7月には明治古典会による「七夕古書大入札会」が開催されます。同じく最初の2日間が誰でも入れる下見展観となっています。
平生の立読み気分を飛び跳ねて、雲上の書物郷をさまよえます。
(参照*〈東京古典会〉ホームページ)