【2012年11月28日】
新宿西口古本まつり。
会場は地下広場であるが、吹き抜けのロータリーに接しているので冷えた外気がそのまま入り込む。
寒い。何か面白そうな本が続出すれば寒さなど何処かへ吹っ飛ぶのだろうけれど、何も見つからないと冷たい風はなおさらに冷たく肋骨の隙間を鳴らす。
かじかみながら半周ほどしたあたりで茂出木雅章『洋食大好き』(中公文庫/1994)210円。中公文庫ビジュアル版の中で今まで案外と見かけることのなかった1冊。雅章氏はたいめいけんの二代目だが、先代、茂出木心護氏の料理随筆『洋食や』(中公文庫)は、もうずいぶん昔に腹を鳴らしながら一読した覚えがある。たいめいけんという老舗の洋食屋を知ったのは池波正太郎のエッセイだったろうか、お店を訪れたことはいちどもないが、名物のコールスローやボルシチなど、もう何遍も賞味した気分になっている。
その後の半周はふたたびの寒風。時刻は正午。熱いうどんでも啜ったらどうかと自問せぬわけでもないが、次は荻窪へ行ってささま書店。
店頭105円均一棚に四季新書の渡辺紳一郎が仲良く並んでいたので、『恋愛作法』『紳一郎捕物帳その他』、仲良く引き取る。どちらも昭和30年刊。
地下道で線路をくぐり、準備中の鳥もとをちらりと眺め、ブックオフ荻窪駅北口店。
老婦人が携帯電話で話している相手はお孫さんだろうか。呼び掛ける名前からすると、どうやらその孫娘が以前にここで見かけた本を祖母に頼んでいるという図柄である。
「ドラえもん?」……「ドラえもんの何?」……。マンガではなく、ドラえもんが登場する何かであるらしい。孫娘は書名を覚えていないのだろう。「ドラえもん?」……祖母は棚の前で右往左往するばかり、つい気になってそれとなく探してみたのだが、たしかにドラえもんの何かはどこにも見当たらないようだ。ドラえもんの祖母は通話を切り、店員さんに助けを求めた。
ドラえもんの何かが無事に発見されることを祈りつつその場を離れ文庫新書の棚へ行き、『ベストセラー「殺人」事件』E・ピーターズ(扶桑社ミステリー/2003)、『小悪魔セックス』穂花(ベスト新書/2009/2刷)、『ライトノベルの楽しい書き方5』本田透(GA文庫/2010)、『司書とハサミと短い鉛筆』ゆうきりん(電撃文庫/2009/6版)、105円の本を拾い集める。
吉祥寺、いせや。平日の午後はさすがに空いている。シロもレバーもすぐに焼き上がる。
冷え切った骨の髄にチュウの火力が燃焼したところでバサラ・ブックス。
店頭から『人喰い鬼のお愉しみ』ダニエル・ペナック(白水Uブックス/2000)200円。
店内で田中小実昌『新編かぶりつき人生』(河出文庫/2007)500円。三一新書の『かぶりつき人生』(昭和39)に、未収録の連載原稿を加えて再編集した文庫版。5年前の刊行であるし、まだ品切れではないのかもしれないが、元版には結構な古書価が付いているはず。見かけたときに買っておいたほうがよいのだろう。古本センターは買物なし。
家に戻ると黒沢書店より小包が届いていた。
先週の五反田遊古会目録から注文した『社長陣頭に指揮す』中村正常(大白書房/昭和18)2000円。
内容はやっぱりユーモア小説で、巻末には〈大白書房ユーモア文学〉の目録が載っている。
佐々木邦が4点(『明暗街道』『ガラマサどん』『次男坊』『負けない男』)、辰野九紫『かみなり教育』、中村正常(当書)、カミ『名探偵オルメス』、計7点。
『かみなり』や『オルメス』など、どこかで見つかることはあるだろうか。
大白書房の発行者は森谷均。同じ人なのかどうか、雑誌『本の手帖』の編集長だったかな。
『本の手帖』別冊には森谷均追悼号もあったはずで、これは滅多に見かけない。
カラーブックス『珍本古書』をぱらぱらめくっていたら、森谷均は昭森社の発行者でもあった。

中村正常(大白書房/昭和18)
【2025年4月追記】新宿西口古本まつり
「新宿西口古本まつり」なのですが、希望をこめて現在休止中と記したいのですけれど、実情はすでに終了となっているようです。
1年に2回、6月と11月に開かれていました。
2019年11月の第35回が最後の開催となっています。
たしか……翌2020年6月の第36回は日程の発表もあったように覚えていますが、春先から猛威をふるった新型コロナウイルスにより中止。
同年11月は事前の告知も見られぬまま、以後、開催の知らせは届きません。
同様の運命をたどった催し物に「池袋西口公園古本まつり」があります。
公園の改修による休催を経て、2020年4月、およそ1年半ぶりに開催される予定でしたが、こちらも中止となり、再開には至っておりません。
新宿と池袋、いずれも力尽きたという成り行きだったのか、「西口」の受難でありました。
新宿西口古本まつりの会場は、その名のとおり新宿駅西口改札からすぐ近くの地下広場。
吹き抜けになったロータリーに接しています。
迷宮とも言われる新宿地下街にあって、割合に辿り着きやすい場所だと思います。改札口を間違えると大変なことになります。
円周状の広場に古本がずらりと並ぶさまは、古本ですから全体的な色彩はどうしても地味とはいえ、かなりな壮観でした。
とにかく新宿の一等地、人通りは絶え間なく、どこかへ行く途中にふらりと寄道するお客さんも大勢いたはずです。
仕事をサボって古本に没頭するのはさぞ痛快でしょう。
地上を走る自動車なのかそれとも換気塔なのか、風のかたまりみたいな低い音がゴンゴンと響いていたり、通路をはさんだ向こうから献血を呼びかける声が聞こえてきたり。会場で耳にする音響も独特でした。
朝8時から始まる早起き営業。夜は21時まで。
24時間はさすがに無理だとしても、出勤前、夜勤明け、また仕事帰りと様々な客層に対応。
不夜城の街にふさわしいというような、古本まつりでは異色の長時間営業でした。
神奈川古書組合が運営に携わっているというのは案外と言えば案外です。
2018年頃からだったでしょうか、それまでは広場の全面が古本だったのですが、後年は規模を縮小。別種の催事と会場を分け合うようになり、半分は衣料品の特売を行なったりしていました。
あとになって振り返ってみれば、そのあたりに終わりの予兆が見え隠れしていたのかもしれませんが……。
新宿西口周辺は続々と変貌を遂げつつあるようですし、地下広場がこの先どうなるのかは分かりませんが、いつかまたここに、それとも変わり続ける新宿のまた新しい広場に、古本が大挙して凱旋する日があるのかもしれません。古本と、それに集う人々は、結構しぶとい。
将来を楽観視などしながら、新宿西口古本まつりの最後の開催となった(今のところ)、第35回のチラシを載せておきます。
