【2012年2月24日/2023年9月追記】古本浪漫洲で『古本年鑑』

【2012年2月24日】
東京古書会館、ぐろりや会。
『手軽で美味い十二ヶ月珍料理』服部茂一(服部式茶菓割烹講習会/大正9)800円。
『モーテルの女』フレドリック・ブラウン(創元推理文庫/昭和42)200円。
購入2冊。

服部茂一「手軽で美味い十二ヶ月珍料理」表紙
『手軽で美味い十二ヶ月珍料理』服部茂一
(服部式茶菓割烹講習会/大正9)

ミロンガで珈琲。
神田古書センター店頭で『珈琲ものがたり』寺下辰夫(ドリーム出版/昭和42)210円。
寒気はゆるみ、日向はずいぶん暖かい。
古書店街の店頭棚は、ほとんどが北向きに面しているので日光浴というわけにはゆかないが、手にとった1冊の思わぬ紙のやわらかさなど、季節とは無縁のような古本も、たしかに春めいてくるのである。

寺下辰夫「珈琲ものがたり」表紙
『珈琲ものがたり』寺下辰夫
(ドリーム出版/昭和42)

新宿サブナード、古本浪漫洲。
九蓬書店が『古本年鑑』を出品していて、これは先月の五反田遊古会で売れ残った奴だな。
古書価3000円という貫禄に、遊古会では私もあっさり引き下がったのだが、最後まで買い手がつかなかったのだと知れば、俄かにうつる情もあり――。『古本年鑑』1933年版(古典社/昭和8)それでは今日は買いましょう。

『古本年鑑』1933年版表紙
『古本年鑑』1933年版(古典社/昭和8)

高円寺、都丸支店の均一棚からドイツ製のエロ豆本『AKADEMIEN』100円を買ったりして、それからガード下四文屋のいつもの丸椅子に腰かけて『古本年鑑』を眺めていると、そのうちに年若い女性が一人でやって来た。この店ではちょっとした珍客ということになるのだろうか。
彼女、小さなカウンターの、私とはひとつ椅子を置いた隣りに腰かけたのだが、席について早々からやけに陽気だ。
「何を読んでいるのですか?」と訊かれたので、「古本年鑑です」と答え、そのとき見ていた最新古本時價表のページをひろげたまま手渡すと、「ダダ40銭!」などと妙なところでバカウケして私をひるませる(『ダダ』という書物の古書相場が40銭であるということ。ちなみにその次の『ダダイスト新吉の詩』も同じく40銭)。ウルトラマンの怪獣ダダを思い浮かべたらしいのだ。
なんでも昨夜から男友達と朝4時まで歌舞伎町で呑み明かし、さらに思い出横丁で朝酒をあおり、揚句の果てに(現在午後3時過ぎ)高円寺に流れ着いたところで友達は家に帰ってしまい、置いてけぼりを喰らって半分ヤケッパチで単身このガード下に乗りこんだと言うのだから、こりゃあ相当の豪傑なんだなあ。
じつはまだ新婚ほやほやなんだそうで、まったく話題に事欠かない新妻さんではあったのだが、途中からその旦那さんも呼び出すことにして、旦那さんも加わって、そしてそれからどうなったのか、どれだけ呑んで、どうやって別れたのだったか、朦朧と家に戻ったら11時を過ぎていたのにはさすがにおどろいた。

【2023年9月追記】高円寺ガード下四文屋
ガード下四文屋はその名のとおり中央線のガード下、高円寺駅の真下にありました。
駅の北側へ抜ける細道との角地にあって、見事に狭小で、店舗と云っても外壁などはなく、あけっぴろげの、屋台の延長のような酒場です。
店の外の通路にも腰掛とテーブルを設置してあります。テーブルはビールケースをひっくり返して代用します。
午後3時からの営業というのが有難く、まだ明るいうちにぽッと灯る赤提灯が頼もしく、開店早々に訪れますと、先客はせいぜい一人か二人ですし、誰もいないということもあります。
わずか3席の小カウンターに落ち着いて、まずは焼酎の梅割りをお願いして、それから買ったばかりの古本の包みをとけば、いったい他に何が要りましょう。
眼前では、煮込みの大鍋がぐつぐつとたぎっています。
鉄板で焼きあげるホルモンが売り物でした。全品一皿200円。
頭の上からは電車の響きが聞こえ、またガード下を行き交う人々をぼんやり眺め、うっかり目が遭ってしまったりもして、そうして焼酎の二杯目を飲み干すころには、片手にめくる本の言葉は姿勢を崩し始めているようですし、ひとまずこれで出来上がり、というわけです。
隣合ったお客さんと二言三言、時には妙に意気投合。いずれ実益のない無駄話に終始しますが、それこそが、この地上の人生教室でありましたか。
酒場も古本屋も、たしかに学校なのでしょう。出来ることならば毎日でも登校して勉強したい学校です。
その後、古本巡りのあとは吉祥寺のいせや総本店へと鞍替えするようになり(転校?)、いつしか御無沙汰が続きました。どうやら閉店したらしいと気がついたのは2021年9月のことでした。
私が古本屋を歩きまわるようになった当時、高円寺ガード下には3軒の古本屋がありましたが、都丸書店、都丸支店(のち藍書店)、球陽書房分店、いずれも閉店しています。
古本屋が無くなって、ガード下四文屋も無くなって――そのほかにも小さな酒場は連なりますけれど――、今となっては、ただ通り抜けるだけになってしまった高円寺ガード下です。