【2012年9月14日】
東京古書会館、和洋会。
みはる書房の棚にて『滑稽茶ばなし』淡路呼潮(春江堂/昭和7)1500円。
史録書房で1冊200円のこつう豆本を3冊、『本にみる漫画の歩み』上・下/清水勲(日本古書通信社=こつう豆本/昭和62)、『人脈覚え書』小梛精以知(こつう豆本/昭和63)。
『人脈覚え書』は正続揃いで買い求めたいところだが廉価なので正篇のみ買ってしまう。
ハーフノート・ブックスから『耳らっぱ』レオノーラ・カリントン(月刊ペン社=妖精文庫/昭和53)1200円。
以上5冊の買物。
ミロンガで珈琲を飲み、それから小宮山書店ガレージセールで『精進料理』國分綾子(駸々堂ユニコンカラー双書/昭和52)100円。
波多野書店まで店頭棚を辿り、そのまま九段下へ抜けて新宿線で新宿三丁目。
サブナードの古本浪漫洲、今回は収穫ナシ。
【2024年8月追記】淡路呼潮
淡路呼潮は、大正中期から昭和初期にかけて文筆活動をしていた作家です。
主に家庭小説や時代物を執筆していたほか、小説と併行して自由律俳句を作ったりもしていました。
文運に恵まれたとは言えないまでも、一時期は順調な作家生活を送っていたようですが、持病である胃腸病、さらには寝床の枕元にいつも置いてあったという一升瓶が災いしてか、心身ともに荒んでゆきます。ついには自殺未遂。
その身を案じた俳句仲間の手引きにより四国遍路の旅に出たのが昭和10年、以後、遍路行は繰り返されます。
作家生活に戻りたいという意志もあったようですが思うようにはゆかず、これも友人たちの計らいにより新宿戸塚の観音寺で修行をし、僧侶となります。
幾つかの変転を経たのち、茨城県息栖村の弥勒院の住職となり、孤愁の日々を送り始めてからおよそ10年、昭和35年10月11日、自ら命を絶ちます。69年の生涯でした。
翌36年の命日には、かつての友人たちの手によって、呼潮が仏門に入った観音寺の境内に「呼潮へんろ塚」が建碑されました。
碑面の文字を揮毫したのは、友人のひとりであった吉川英治です。
以上、桜井均〔*注〕『奈落の作者』(文治堂書店/昭和53)に収録された「呼潮へんろ塚」より、淡路呼潮の生涯をおおまかに辿ってみました。
著者の櫻井均氏は、櫻井書店の創業者です。
戦前から戦後にかけて、文芸作品の良書を堅実に刊行した出版社として、櫻井書店の名は、古本に親しむようになるうちには、自然と頭に入ってくる版元名ではないかと思われます。
櫻井均氏の出版界への第一歩が、高等小学校を卒業して就職した春江堂でした。
講談、絵本、通俗小説などを扱う、俗に赤本屋と呼ばれていた出版社です。
その春江堂時代に、櫻井均と淡路呼潮とは知己になりました。
和洋会で購入した『滑稽茶ばなし』も春江堂の刊行です。
大正12年9月の関東大震災を機に櫻井氏は春江堂を辞め独力で出版業を始めますが、その際、呼潮を訪れ「浅草観音霊験記」という題で原稿を書いてほしいと依頼します。震災の猛火により下町全域が焦土と化したなか、浅草観音は燃え残ったのだそうです。
呼潮は快諾し、その意に応えるべくわずか二日で書き上げたと言います。これも「呼潮へんろ塚」に綴られているエピソードです。
その後、櫻井氏は再三の要請を断り切れず春江堂に戻り、また辞めて、幾つかの出版社を起こしては閉鎖するなどしたのち、櫻井書店を創業したのは昭和15年のことでした。
氏の唯一の著書が随筆集『奈落の作者』です。
前半には呼潮のほか出版を通して交流した作家たちの回想録があり、後半には趣味の釣り随筆が収録され、また別の一面を見せてくれます。
表題となった一篇「奈落の作者」は、のちに失踪を遂げた特異な作家、倉田啓明についての文章です。
近いところでは、櫻井毅『出版の意気地』(西田書店/2005)という本があります。
副題に「櫻井均と櫻井書店の昭和」とあるとおり櫻井均氏の評伝です。
著者の櫻井毅氏は御子息です。
『滑稽茶ばなし』を買い求めてから2年近くが過ぎたのちに『出版の意気地』を一読したところ、そのなかに再び呼潮の名を見かけ、記憶が連絡しました。
同時に『奈落の作者』という本の存在を知り、さっそく探し始めましたが一向に見つかりません。
入手に至ったのは、それから6年が経った2020年に、ようやくです。
『奈落の作者』と『出版の意気地』とは、是非とも併せて読みたい書物ですが、たしかに『奈落の作者』のほうは、即売展でも古本屋さんでも、滅多に見かけません。
私が見つけたのは市川の山本書店の棚です。古書価2000円でした。
京成八幡駅の踏切脇の名店、その山本書店も2024年3月末に、惜しまれながらの閉店となりました。
呼潮さんから少し話が逸れています。
『滑稽茶ばなし』は題名に釣られての購入でしたから、当時、著者の淡路呼潮については全く何も知りませんでした。
自分の思惑を懸け離れたところでいつのまにか『出版の意気地』へとつながって、そこからさらに『奈落の作者』へと、古本は古本で、どんどん結びついてゆく。
たまたまと言ってしまえばそれまでですが、古本に秘められた不思議さ、あるいは未知の作者の本を買う面白さの、ごく一端くらいは示せているのではないか、と……。
「呼潮へんろ塚」の石碑は観音寺に現存しているそうです。
所在地は新宿区高田馬場3丁目。
櫻井氏の記した「新宿戸塚」とは方角が異なるようなのですが、お寺の引越しがあったのか、著者の勘違いなのか、詳しいところは判りません。
観音寺の呼潮へんろ塚、私は未訪です。いちどお参りに行かないといけないのかもしれません。
*注
櫻井均の「さくら」の漢字は「櫻」が正しいようです。
『奈落の作者』の著者名のみ同書の表記に従い「桜井」としました。
以下は「櫻井」としています。