【2009年11月13日/2022年11月追記】南千住・東部古書会館初探訪、それから上野の美術館と動物園に寄道

【2009年11月13日】
今日と明日、南千住の東部古書会館で「泪橋なみだばし古書展」が開催される。
東部会館での即売展は〈古書即売展開催一覧〉には載っていないし、それに第2回ということだから、まだ始まったばかりのようだ。
今週末は他の古書会館の即売展はお休みなので、これは具合がよい。

雨と寒気の予報もあったのだが、とにかく出発。11時前に南千住駅着。
東部会館に向かう途中、線路をまたぐ陸橋からは隅田川貨物駅の広い構内が一望、恰度、機関車が貨物の入換作業を始めていたので、足を止めて見物する。この光景を長谷川利行が描いたらどんな絵になるだろうと空想してみる。

初めて訪れる東部古書会館は、こじんまりとした、2階建ての建物だった。間口も奥行きも、西部古書会館よりひとまわりくらい小さいだろうか。
まずは玄関先の即席棚から西沢爽『雑学猥学』(文春文庫)、アラン・グリーン『くたばれ健康法!』(創元推理文庫)、文庫本を2冊手にとる。どちらも90円。
「どうぞお立ち寄りくださアい、中もお安くなっていまアす」
入口で愛想のよいおかみさんが呼び込みをしている。その声の調子からすると、中でお安くなっているのは大根か鮪のお刺身かとも思われた。

靴を脱いで上がるのは西部会館と同じやり方だ。
第2回ということで、まだ馴染みが薄いからなのか、加えて天候のせいもあるのか、お客さんの数は10人前後。下町の土地柄なのか、売るほうも買うほうも、部屋全体がどことなくのんびりしている。
貨物駅から蒸気機関車の汽笛が聞こえてきたとしても、きっと誰も驚いたりはしないだろう。
室内では『路面電車』中田安治(カラーブックス)、『戦後風俗史』矢野目源一(東京文庫)、『ふらんす風くノ一笑法』玉川一郎(かもめ新書)など、200円の本を6冊。会計を済ませて靴を履いていると、白髪のお婆様が「買い忘れたのがあったわ」と言いながら戻って来る。やはり大根か鮪を買い忘れたのではないかと思わずにはいられないのであった。

常磐線で上野に戻り、東京都美術館〈冷泉家〉展へ。およそ800年前の典籍がずらりと並んで壮観。即売展の直後ということもあり、これも同じ本なのかと、軽い目眩を覚える。
同じ日本語でもまったく判読できないのはつらいところだが、しかし定家様と呼ばれる定家独特の書風は、一字一字を離して書いており、国宝の『拾遺愚草』など「三月三日」「蛙」「残春」と、漢字は一目で判る。ぼってりとしたその文字には親しみが持てるし、定家本人は自分の字を悪筆だと考えていたようだというエピソードも親近感が湧く。
如何せん日本古典文学史が頭に入っておらず、せっかく貴重な典籍の数々に対面しても、どこか感激の方向がずれてしまうのは張り合いがない。これでは御文庫も泣くというところだが、そんな無教養も勘弁してもらうことにして、手ずれの跡や料紙の質感や、あるいは造本の仕方を鑑賞する。
「破レ痛ミ書込アリ」で、いったい古書価はいかほどだろうと、莫迦なことを考える。

天皇陛下御在位二十年ということで、恩賜上野動物公園は無料開放だった。さっきは美術館でも、御在位二十年記念の封筒に定家の絵葉書を1枚入れて入場者に配っていた。
午後3時を過ぎた金曜日の動物園は、人の姿もまばらだ。異国の鷹が何かを思い出したように翼を広げて羽ばたいていた。ヤマネコは生肉をむしゃむしゃ食らい、ヒグマは寝そべって木の幹をかじる。カワウソは麻袋とたわむれ、もう1匹のカワウソは石の上で眠る。アシカの親仔を眺めているころに、しょぼしょぼと雨が降りはじめた。
しめくくりは「上野古書のまち」に立ち寄って『あほう随筆』天池真佐雄(住吉書店)200円を買う。

2009年11月13日 今日の1冊
*泪橋古書展/東部古書会館
『戦後風俗史』矢野目源一(東京文庫/1952)200円

矢野目源一「戦後風俗史」表紙

【2022年11月追記】
南千住の東部古書会館は1966年8月に開館。
長らく業者の市場(交換会)のみを行なっていましたが、2009年7月に同会館では初めて、一般客に向けた古書即売展「泪橋古書展」が開催されました。
以後、11月(上述の日記)、翌2010年2月、および7月と、計4回行われます。
「さよなら泪橋古書展」として開催された第4回の1か月後、2010年8月に、老朽化や採算性などの問題から東部古書会館は閉館となり、会館の長い歴史と共に泪橋古書展も幕を閉じました。
〔*参照『東京古書組合百年史』(東京都古書籍商業協同組合/2021)〕

さよなら泪橋古書展の探訪日記は以下をご覧ください。
【2010年7月23日/2023年1月追記】古書即売展、幻の四辺形「さよなら泪橋古書展」

「上野古書のまち」は上野駅前の松竹デパートの中にあった古本屋です。
薄暗い階段を降りた先の半地下にありました。
思った以上に奥行きのある店内で、積み重ねた雑誌が所々で崩れているなど、「古書のまち」というよりは「古書倉庫」といった趣きでもありました。
時期は判然としないのですが、その後閉店。場所を浅草に移して「浅草古書のまち」として新たに開店します。
いつか行こうと思いながらぐずぐずしているうちに、「浅草古書のまち」は2014年4月に閉店。とうとう行きそびれてしまいました。
残念ながらその後は、どこか別の町で「古書のまち」が開店したという知らせを聞きません。