【2010年7月23日】
東京、西部、南部。先月に続いて今月も、即売展の黄金三角が出現する。
さらに今回は東部古書会館も加わって4か所同時開催、幻の四辺形、真夏の古書の夢……。
しかしこの四辺形が、ほんとうに一夏の幻になってしまいそうなのは、このあいだから東京会館に貼り出されたポスターには「さよなら泪橋古書展」と表記してあり、今回が最後の開催のようなのだ。
さよなら、というのは、東部会館そのものが閉鎖されるということなのかもしれず、それは寂しい話だが、兎にも角にも最後の機会に巡り合わせたことは好運だ。
まずは南部古書会館の五反田遊古会。
今日も朝から猛暑にて、到着早々、ガレージ会場の熱気に茹だる。
小一時間、みっちり大汗を掻いて3冊購入。2階へ上がると別世界のように涼しい。山上の避暑地だ。ころんと寝椅子に寝そべって、1階で買った『全国駅弁ポケット図鑑』を眺めたい気分である。
アンデス書房の棚で平井房人『宝塚花束』5000円をそっと立ち読み。平井房人は何冊くらいの著書を残したのか、きちんと調べたほうがよいとも思い、別に調べなくても、こうして何かの拍子の初対面を愉しむだけでも充分だ、とも思う。
同じアンデス書房の平台に美和書院とあまとりあ社の新書を発見。南部会館はいつも、新書判に何かしらの発見があるのでうれしい。
購入メモ
*五反田遊古会/南部古書会館
『猫の恋』内田清之助(東京出版)200円
『女編集長』マルコ・ヴァッシー(ロマン文庫)100円
『全国駅弁ポケット図鑑』入江織美(オリジン社)200円
『象牙の城』ヘルベルト・W・フランケ(ハヤカワ・SF・シリーズ)200円
『古本用語事典』久源太郎(有精社)300円
『花寂しくして』奥野信太郎(河出新書)600円
『艶色猿飛二代ばなし』葛木透(あまとりあ社)200円
『熟れた真珠』藤田秀彌(あまとりあ社)300円
『論より証拠』長田恒雄(美和書院)300円
五反田から山手線と常磐線を乗り継いで南千住。
東部古書会館のさよなら泪橋古書展へ。
先客はわずか3、4人。さよならという割にはずいぶんのんびりしたものだが、開催は今日と明日の2日間だから、いよいよ最終日の明日になれば、また違った風景になるのかもしれない。
これだけゆったりしていれば、誰かとぶつかる心配はないし、床の上に並べた本を見るときにはのんきに胡坐などかいて、手にした1冊を広げたまま、ついうとうとしてしまいそうになる。
昼下がり……眠たい耳に届くのは「30年はあっというまだったねえ」と、上がり口で馴染みの客を迎えるおかみさんの柔和な声なのだ。
『風流忍法秘伝』志摩辰郎(あまとりあ社)、『薔薇の狩人』芦原修二(第二書房)、『大木実詩集』(現代詩文庫)と手にとり、それから、ややあって来場の若い女性客は、さっき、五反田遊古会の会場で見かけたばかり。
遊古会では華奢な腕に10冊ほどを抱えていて、いちばん上の本は晶文社のベンヤミン著作集だった。
ただそれだけのことで、他に特筆する何事もないのだけれど、若い女性が古書会館をハシゴするのはやっぱり珍しいようでもあるし、なんとなく「ベンヤミンの人」として、鮮明な輪郭を残すのである。
「ハルミちゃんはどこ行った?」
「2か月前にどこかへ行ったきり」
ハルミちゃんとは、東部古書会館に棲みついていた野良猫の名前のようだ。猫は猫で、さよなら泪橋展のことに感づいていたのだろうか。200円の本を3冊付け足し、帳場で交わされるそんな会話を記念にして、それでは東部古書会館、さようなら。
しかし買ったのは300円以下の安物ばかりで、これで惜別と言えるのかどうか。
会館の玄関先には給水器が置いてあって、冷たい麦茶のサービス。有難く頂戴する。
麦茶をごくごく飲んで、名残の煙草をふかしていると、荒川区役所から光化学スモッグ警報が発令される。
日陰のない直線道路を進み、交差点の曲がり角でちらりと振り返れば、東部古書会館の建物は陽炎の向こうにゆらめくばかり。
貨物線を跨ぐ陸橋で立ち止まると、赤いディーゼル機関車が徐行して過ぎてゆく。
見渡すかぎりの炎天、頭のてっぺんがじりじりと灼ける。
*さよなら泪橋古書展/東部古書会館
『風流忍法秘伝』志摩辰郎(あまとりあ社)157円
『薔薇の狩人』芦原修二(第二書房)300円
『大木実詩集』(現代詩文庫)200円
『随筆のぞき眼鏡』田辺貞之助(実業之日本社)200円
『ペリーと下田開港』森義男編(下田史談会)200円
『いまの飛行機』斎藤寅郎(サンデー新書)200円
東京古書会館、和洋会。
書台の下の薄暗がりの段ボール箱に奥野他見男『女学校出の花嫁さん』発見する。函欠で少しくたびれているし思わぬ見つけものかと色めくが残念、しっかり3000円の値が付いていた。
また別の棚では『娘の顔も日に三度』が現われるものの3800円に引き下がる。
さらに別の棚で『別府夜話』という書名に目がとまると、おや、これも他見男さんだ。奥野他見男に別府の本があるとは知らなかった。
外函には服部亮英の描く砂湯風景。痺れるくらいに魅力的な1冊なんだけれども、少痛ミ、少汚レで、さて幾ら? 1900円! 他見男の顔も日に三度、というオチがついたのかどうか、とにかく芽出度く購入となる。
もうひとつ、いちどは見送りながらやっぱり買うことに決めたのは、仙台ホテルの列車食堂案内。
葉書よりやや大きい寸法のザラ紙に、食堂車のメニューと列車時刻表(東北線203・204列車及び常磐線801・802列車)が印刷してある。
料理の価格、たとえば「ヲムレット金拾五銭」からして戦前のものであることは間違いなさそうだが、「御食事ノ用意出来居リ申候」など記されてあるところを見ると、大正期ぐらいまで遡れるだろうか。
資料として使うわけではないし、ただ眺めて愉しむだけの紙切れに800円はどうかとも思うのだが、今日は『別府夜話』の発見で気分が昂揚していたのだ。
*和洋会/東京古書会館
『別府夜話』奥野他見男(潮文閣)1900円
《仙台ホテル列車食堂案内》800円
三省堂書店の店頭特設古書市で『古本通』樽見博(平凡社新書)350円、小宮山書店ガレージで『殺し屋』ピーター・ワイデン(ハヤカワ・ライブラリ)100円、1冊ずつを買って、ミロンガで珈琲を飲む。
1日で3つの即売展を歩くとなると、さすがに途中で吉野家に寄らないとバテるのではないかと思ったが、案外と空腹ではない。腹は減らないが下腹部がむずむずしてきたのかトキヤ書店で『ごっくんDX7』(セントラル出版)100円とか、アムールショップで『若妻くずし2』(マイウェイ出版)500円とか、とどめはそうなる。
【2023年1月追記】
「さよなら泪橋(なみだばし)古書展」が開催された1か月後、2010年8月に東部古書会館は閉館となりました。
東部古書会館につきましては以下の日記をご参照ください。
→【2009年11月13日/2022年11月追記】南千住・東部古書会館初探訪、それから上野の美術館と動物園に寄道