【2011年10月22日】
西部古書会館、好書会。
ガレージの廉価本から月丘丘月『競輪百科』(日刊プロスポーツ新聞社/昭和44)210円。なぜ突然のように競輪に手を伸ばしたかというと、月丘丘月という不思議な筆名は『随筆穴』の著者として見覚えがあったから。
『続東京味どころ』佐久間正(みかも書房/昭和34)105円、『快楽の実験』梶山季之(カワデベストセラーズ/昭和43)210円、『はだか経済学』岡部寛之(小壺天書房/昭和33)105円。
ガレージで手にとった4冊とも、値札を見ると藤井書店の出品だった。今日は藤井書店が軽妙かもしれない。
そこで、10時になって室内への戸が開くと、まずは藤井書店の棚を目指す。
さっそく、中山省三郎の『随筆海珠鈔』(改造社/昭和15)、函欠の裸本ながら315円はうれしい。珍しく今日は勘が冴えたか?
おや『臍の見える劇場』がある。この本は以前、都丸支店で2000円で買っているのだが、もしや眼前に今あるのは315円なのでは……、動揺すると困るので(すでに動揺しているようだが)、値段は確かめずに通過する。
田中小実昌『かぶりつきバカ』(立風書房/昭和43)315円。田中小実昌の本はあまり買ったことがないけれど、題名が愉快だから買ってみよう。
藤井書店を満喫したあとは、気分もおおらかに書架を周遊。
『色ごのみ秘芸伝』西村亮太郎(あまとりあ社/昭和39)100円、それからぶっくす丈の棚には分厚い『酒の書物』があって、力を籠めて引き抜いてみると、しかし妙に軽いな。いつもの、掌にのしかかるような重量じゃない。函から本体を取り出せば、一目見て、本文の紙質が今迄見てきたものとは明らかに異なる。奥付に特装版などの表示はないのだが、〈本文ハ沙漉鳥ノ子紙〉と、わざわざ用紙の種類を明記してある。昭和16年3月の第3版……。今迄手にとったことのある『酒の書物』はいずれも戦後の発行だったはずだから、おそらく戦前版とは違って洋紙を使っていたのだろう。それでずしりと重たかったようだ。戦後の再版はひょっとすると内容に増補や改訂が為されているのかもしれないけれど、それにしたってこの和紙の軽量は魅力であるし、ひとまず『酒の書物』については、これにて一件落着ということに。山本千代喜著、龍星閣刊、1500円。
以上8冊、会計を願うと、受け取った当番氏が『かぶりつきバカ』に目を留め、隣りに立っていた別の当番氏に「これ田中小実昌の最初の本だよ」と教えている。そうだったのか。
高円寺から御茶ノ水へと移動して、続いて東京古書会館の洋書まつり。
その理由を書くには及ばないが、数多い即売展の中で、唯一、未訪だった催事である。
縁遠い書物とはいえ、古本であることには違いないのだから、いちどくらい垣間見ておくのも勉強だろう。写真集や画集や絵本、あるいは大人の絵本ならば、もしかしたら何とかなるかもしれない。
地下の会場につづく階段を、もうだいぶ通い慣れているはずなのに、行く手に待っているのが洋書だと思うと足の動きがぎこちない。緊張してしまう。
期待していた画集の類いは、あるにはあったはずだがほとんど見出せず、あっさりオテアゲとなる。
ペーパーバックをずらりと揃えた棚は、少し離れた場所から一枚絵として眺めれば、見事な景観だった。トリノだったかどこだかの美術展図録をめくると、そのなかに数ページ、男女秘図の石版画(?)があり、そこだけ喰い入るように凝視してしまう。
横文字の羅列に眼玉がくたびれた。
会館を後にして古書店街、三茶書房の均一台にすがりつく。
朝方高円寺で買った『続東京味どころ』の正篇『東京味どころ』佐久間正(みかも書房/昭和34)を発見する、100円。違う場所から、こんなふうに正と続とがうまく揃うと気持がいい。
三省堂書店の玄関先では、三省堂古書館主催の秋の古書市。官能異色情炎作品集、という副題の『夜に目覚める美奈』藤田秀弥(あまとりあ社/昭和34)1000円。
紅ユリ子『こんぺいとう先生』は魅力だったが3000円では手が出せず。この宝文館少年少女ユーモア文庫、初めて目にするシリーズだが巻末の図書目録を眺めると、北町一郎、サトウ・ハチロー、三橋一夫などが名を連ねており興味津々。尋ねれば尋ねるほど奥は深まってゆく。
ミロンガで珈琲を飲んだあとは、アムールショップで『め・き・ら』58/2011年6月号(ブレインハウス)320円、『リアル人妻30』2011年7月号(ブレインハウス)250円。
最後は神田古書センターの6階に上がり、藝林荘の新しい支店、神保町店を探訪する。
『秋田實名作漫才選集』2冊揃を見つけたところまでは滑らかだったが、2冊6000円の値段に跳ね返されて、何も買わずに地上へ降りる。来週は神田古本まつり。
【2023年5月追記】『かぶりつきバカ』など
田中小実昌の最初の著書は『かぶりつきバカ』ではなく、『かぶりつき人生』(三一新書/1964)だったのですが、「バカ」か「人生」の違いで、どちらも「かぶりつき」ですから、西部会館の当番さんは混同したのでしょう。
私は未見ですが、もう1冊、『小実昌のかぶりつき放浪記』(日本文芸社/1970)という「かぶりつき」もあります。
その後『かぶりつきバカ』は結構な古書価の付く本であることを知るに及び、実際に8400円で売られているのを目撃して仰天したことがありました。
315円で買ったという結果だけを見れば、掘出し物の収穫ということになりますが、最初から狙いを定めて出来るわけなどありません。
即売展や古本屋をうろうろ歩きまわっていれば、たまにはこういう椿事も起こるというような、あくまでも棚からぼた餅式です。
小実昌さんのことをよく知らないまま、題名が愉快で値段が安いから何となく買ってみる。その本の価値を知っている人からすれば、ああ勿体ない、と嘆きたくもなるでしょう。
しかし書物は、なぜだかそれを望む手をすり抜けて、気紛れな手へと、不可思議な遍歴を辿ろうとするときが往々にしてあるようなのです。
『かぶりつきバカ』は買うだけ買って、未だに読んでおりませんし、それがどこにあるのかも、持ち主には判らなくなっております。小実昌さんの愛読者から大いに叱責を受けるところです。
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東京古書会館の「洋書まつり」は毎年1回。10月に開催されます。
古書会館では唯一の洋書専門展ですので、原書をお探しの方には見逃せない即売展でしょう。
外国語を理解できない者にとっては別世界の出来事となりますが、この地上には自分の読めない本がいったいどれだけ存在するのか、その無限大の広がりを強烈に実感できる場所であります。
ついでに、なぜもっと真面目に英語を勉強しなかったのかと会場の隅で反省少々。
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〈関連日記〉
神田古書センターに支店を開店した「藝林荘」については下記ご参照ください。
→【2011年10月14日/2023年5月追記】ぐろりや会の藝林荘から粋筆新書たくさん