【2011年9月4日/2023年5月追記】明大前の篠原書店

【2011年9月4日】
12時、京王線の下高井戸駅。
豊川堂書店を訪れるも日曜は定休日だった。
引き返し、踏切を渡って日大通りにあるはずのドラマ赤坂書房は消滅していた(相変わらず2000年版の『全国古本屋地図』をあてにして歩いている)。
駅前の灰皿で一服ふかしたあとは、線路伝いに明大前へと歩いて、篠原書店。
お店は開いているようなのだが、入口の戸の前にはお婆様がしゃがみこんで、何か植物を選り分けている。
開いていますか、と訊いてみると、ああ……どうぞ。
来るはずのないものが来たとでも言うような、小さく動揺した声で返答がある。
手早く植物を片づけたお婆様は、店内に入って奥の帳場にちょこんと坐り、これで一応は、古本屋らしい図柄ができあがったわけだ。
入口から三歩進んで安藤鶴夫『寄席』(旺文社文庫/昭和56)200円を手にとり、それから半歩、もはや通路はどんづまりとなるのだが、その奥の奥、棚のいちばん隅っこに、いつぞやの『大笑百話』は以前と変わらずにそこにあった。
裏表紙をめくると、鉛筆書きではなく、書店名の入った値札が貼り付けてあるのは、きっと即売展に参加していた時代の名残なのだろう。
最近の即売展で篠原書店の名前を見かけることはないから、もうずいぶん長い間ここで売れ残っていたのだろうし、お店の様子からすると、あるいは旦那様はもう亡くなっているのかもしれない。
『大笑百話』軒渠道人(大学館/明治36)1800円。
『寄席』と合わせて会計をお願いすると、お婆様はこの明治時代の小さな本、『大笑百話』を掌の中で撫でさすった。
何か、この本にまつわる数奇なエピソードが語られるのでは……、しかしお婆様はただ一言、
「こわれそう」
とだけ言った。
最後に古本大学を訪れると、ここも店が消えていた。
明大前の駅前のドトールコーヒーに入り、『大笑百話』を読み始めてまもなく、さっき、お婆様が予言したとおり、表紙がぽろりと外れた。

軒渠道人「大笑百話」表紙
『大笑百話』軒渠道人(大学館/明治36)
*パラフィン紙が掛かっています

【2023年5月追記】篠原書店
「篠原書店」は、京王線下高井戸駅と明大前駅のあいだの線路端にありました。
電車の窓から見える古本屋です。
狭い通路の両側に棚があり、すぐ先には帳場がある。
3人も入ったら通路で身動きがとれなくなるような小さなお店でしたが、他のお客さんと一緒になったことはありません。
帳場の前へ進むと、向こう側にも通路があり、書棚が見えましたが、自転車などが置いてあって立ち入ることは出来ませんでした。と、たしか店内はそんなふうではなかったかと思うのですが、このあたりの記憶はかなり曖昧です。
2000年版『全国古本屋地図』(日本古書通信社)には篠原書店について以下の記述があります。

《寄席、趣味本、写真、一般書。落語関係では定評のある店で、よく雑誌で紹介されたりしている》

この日購入した安藤鶴夫『寄席』などはまさに、定評のある在庫の一部だったのでしょう。
京王線に乗って明大前を通り掛かるたびに、窓の外に見える篠原書店を、今日は開いている、今日はお休みだ、と消息を確かめていたのですが、いつしか閉まっている日のほうが多くなりました。
やがて付近の線路を高架にする大工事が始まるとかで、線路端の家屋は次々と、軒並み更地となり、篠原書店も建物ごと無くなってしまいました。

〈関連日記〉
「篠原書店」ほか明大前周辺の古本屋
【2010年3月8日/2022年12月追記】明大前周辺の古本屋めぐり