【2012年5月25日】
南部古書会館、五反田遊古会。
1階で『全アジア麵類大全』森枝卓士(旺文社文庫/昭和51)200円、『女性欲望論』園田てる子(小壺天書房/昭和34)200円。
2階では『山之口獏全集』第二巻/小説(思潮社/昭和50)、端本とはいえ500円というのはずいぶん破格だ。これで全四巻のうち三巻までが揃った。
先月今月と南部会館で山之口獏全集が連発するのだが、それでは来月の五反田展で最後に残った第四巻が現われて大団円の完結を迎えるかと云うと、もちろんそんな読切小説みたいな物語はどこにも書かれていない。さりとて第四巻が絶対に現われないという物語が書かれているわけでもないだろう。
『洋服通』上原浦太郎(四六書院=通叢書/昭和5)840円、『絵本ネコ学百科』フレッド・シュワップ(中央公論社=C・BOOKS/昭和57)200円、『プライベート写真術』佐内順一郎(二見書房=サラ・ブックス/昭和56/7版)500円、と拾い集めて、最後に200円均一の棚から『カラーブックス解説目録』昭和62年版(保育社)を追加して帳場へ。
目録1593番を注文した旨を告げると、対応してくださった御老体は当否の記された注文用の目録をめくり「ああ、古本売買ね」ぼそりとつぶやき、奥の棚から『古本売買の実際知識』大鳥逸平(古典社/昭和8/6版)を持ってきてくれた。1500円。老店主にとっては、過去に何遍も取り扱っているような、たいして物珍しくない1冊なのだろう。
だが、未見の書物が眼前に運ばれてくるこの瞬間、新米の客はいつも、ひそかに感動するのである。
いつも、と言っても、目録からの注文は通算でまだ5冊目なのだが、これで一応は、東京、西部、南部と3つの古書会館で目録購入を経験した。半熟くらいにはなっただろうか、まだ半々熟か。
振り返ると、5冊の注文のうち4冊がアタリだったのはなかなか高率だが(ハズレはハンマースホイ展図録)、無事に入手した4冊は抽選で射止めたというわけではなく、申し込んだのは私一人だったのかもしれない。
神保町はこのところの金曜名物(?)の雨だった。
東京古書会館、和洋会。
みはる書房の棚で『滑稽お茶一ぱい』田中霜柳(朝野書店/大正3/6版)2000円。初版は明治39年。奥付には明治40年譲受の記載もある。自序に「喜劇四種を輯めてお茶一杯と云ふ」とあり、その舞台が〈遠田邸内の西洋室〉だったり〈大磯の海浜・医学博士の診察室〉だったりする。時代の尖端とでも言うような、モダン・コントかハイカラ劇か。
買物はこの1冊のみ。次回の目録を申し込む。
ミロンガで小憩。
珈琲を運んできてくれた店員さんは、このあいだまでは背中に垂らしていた長い髪をばっさり切って、丸顔の、くりくりッとほほえむ顔立ちは何かを連想させる。
誰かに似ているというよりは、何かを連想させるのだ。
しばらく頭をひねって浮かび上がった答は、臼杵の石仏、だった。
人に向かって石仏とは失礼なのかもしれないが、臼杵の石仏様は、たいへんうつくしい温顔である。
小宮山書店のガレージセールを覗き、八木書店の1階をひとめぐり。
三茶書房に入店すると、扉の近くに並木明日雄歌集『恋人形』(松雪詩社/昭和54)1000円が置いてあった。乾信一郎『「新青年」の頃』(早川書房/1991)800円と合わせて購入。
高円寺に寄道してガード下四文屋。
【2024年1月追記】「標準古本教科書」
『古本売買の実際知識』の刊行は昭和6年3月1日。
初版以降、順調に版を重ねたようで、購入した1冊は昭和8年11月15日発行の第6版です。
200ページに満たない小冊ですが、本文二段組で、なかなかの読み応えがあります。
「序」の末尾では《我国に於ける唯一の「標準古本教科書」とすること、これ著者の念願である》と高らかな宣言が為されますが、またそれだけの自負もあったのでしょう。
目次は以下のとおりです。
第一編・古本のあらまし……「古本とは?」「古本の値段」「古書の目録と雑誌」
第二編・古本屋……「東京の古本屋」「地方の古本屋」「開業案内」
第三編・古本の販売……「販売の合理化」「販売の種類」
第四編・古本の仕入……「仕入の種類」「古本市会」
第五編・素人の買ひ方……「読書家の種類」「買ふ前の心得」「どこで買ふか?」「何を買ふか?」
第六編・素人の売り方……「古本屋へ」「素人へ」
附録……「古本用語辞典」「古本商営業法規」「古本取扱法」など
第二附録……愛書家諸氏の古本文集
限られた紙数の中に、要点を押さえてまとめてあります。
当時の実際知識の内容が、そっくりそのまま現代に通用するはずはないとしても、各章の見出しはそのままに、本文さえ書き改めれば21世紀版が仕上がりそうな構成です。
時代を超越する古本の普遍性と言うと大袈裟かもしれませんが、昭和6年も令和6年も、古い本が古い本であることに変わりはありません。
なお、第二附録の文集は、諸雑誌に掲載された愛書家たちの随筆十篇を再録。執筆者には石井研堂や大庭柯公の名も見えます。
《吾々は、あまりに多くの書を持つてゐるのだ!
然し? 誰れが、価値ある書物を持つてゐるのか?》――第一編「古本の値段」
《書物に「書相」があるとしたら、古本屋には「書肆相」といふものがあらう。吾々が、多くの店を歴遊してゐるうちに、自らこの相学に達するものだ。良い店か悪い店かは、その店頭に立つた時、ピーンとくる》――第五編「どこで買ふか?」
《〔……〕屑本に愛著を感じないやうでは、真の愛書家とは云はれない。
おゝ屑本よ! かつて吾々の兄、吾々の父、吾々の祖先のために、知識の糧となつてくれた、なつかしい、恩人よ!》――第五編「何を買ふか?」
本文より幾つかの名言を抜粋してみました。
このような痛快な警句がところどころにあって、純粋に読書の愉しみをもたらしてくれます。
そうして今すぐ古本屋へ行きたくなります。
著者の大鳥逸平についてはまったく判然としません。
江戸時代前期に大鳥逸平という歌舞伎者の頭領が存在したそうなのですが、歌舞伎者とは、異様な風体をして大道を横行する遊侠の徒や伊達者を指してそう呼んだのだそうです。
その親分の名を拝借した戯名ということなのかもしれません。
本名、生年没年、経歴、すべて「?」です。謎多き古本の頭領です。
『古本売買の実際知識』はどこでも見かけるという類いの本ではありませんけれど、入手困難というほどの稀書でもありません。
〈日本の古本屋〉出品サイトで検索すれば、必ずどこかのお店に在庫があるようですし、即売展の会場でも、忘れたころにぽろりと出品されます。
状態を問わなければ1000円から2000円くらいで買えるようです。
ただし、本来は外函が備わっているのですが、函付はあまり見かけません。
私が買ったのも函の無い裸本でした。
古本の流れを遡ってみたい、戦前の古本世界を眺めてみたいという向きにとっては、恰好のガイドブックになってくれるでしょう。
版元の古典社は、『古本年鑑』や、雑誌『図書週報』など、古本や書物に関する刊行物を専門に手がけた特異な出版社です。
『古本売買の実際知識』の奥付ページには「古典社標語」が掲げてありますので、最後にご紹介します。
古典社標語
《全ての図書を知つて・一の良書を択らべ!》
〈参照日記〉
古典社『古本年鑑』
→【2011年8月28日/2023年4月追記】『古本年鑑』を買い逃す