【2012年7月6日】
高円寺、西部古書会館。西部展。
大村書店の棚で惜しかったのは『尋常小学算術』の第二学年、第四学年。探しているのは第一学年だ。
しかし学年は違えども、ようやく『尋常小学算術』の現物と出くわした。
即売展に昔の教科書が出品されることは珍しくないけれども、たいていは国語か修身で、次いで唱歌や地理歴史など、たまに理科が混ざり、算数(算術)は滅多に見かけない……ような気がする。
教科書を取っておいて、後々古本屋に売る人――古本屋に親しむ人――は、やっぱり文系と呼ばれるような人種で、苦手な算数の教科書だけは、用済みになったらすぐに捨ててしまうのかもしれない。
一方で理系の人種となると、算数の教科書を保存しておくのかもしれないが、大人になっても古本屋を利用する機会がほとんどないのかもしれない。
それで古本市場に集まってくる教科書は、国語や修身に偏る。
具体的な裏付けは何もなく、何となくそう思うというほどの場当たり的で、この推察はかなり怪しい。
購入は『艶筆旅の穴場めぐり』伊能孝(波書房/昭和43/2版)210円、1冊。
高田馬場に移って古書感謝市。今回は買物ナシ。
続いて中野ブロードウェイ。4階のまんだらけで『世にも不思議な話』徳川夢声(実業之日本社=ホリデー新書/昭和44)1050円。
歩いて高円寺に戻り、ネルケンで珈琲。
『艶筆旅の穴場めぐり』の発行所は波書房だが、発売元は医事薬業新報社。ずいぶんそぐわない感を受けるが、医事と言っても上から下まで色々あるのだろうし、お医者さんが余技で物する随筆(艶筆)はたくさんある。
著者の伊能孝氏は医者というわけではなく、紀行文が専門の文筆家のようだ。
巻末の既刊広告を見ると、粋人博士こと岡部寛之の『穴場温泉ひとり旅』や『放蕩術入門』なども。
午後3時、ガード下四文屋に落ち着くと、品書きの無惨な黒塗りは、レバ刺の亡霊だ。
【2012年7月7日】
昨日の日記をつけようとして、西部展で見かけた算術教科書の正式な書名があやふやだったので、図録『多田北烏とその仕事』をおさらいする。そうしたらどうだ、『尋常小学算術』の、全学年の挿絵を多田北烏が担当したと書いてある。うッ……。
第一学年だけではなかったんだ。
このページの解説は何度か読んだはずなのに、何でこういう大事なことを叩き込んでおかないか、この空気頭は。
西部展は今日も開催している。とにかく飛び出す。
同様の展開は以前にもやらかしていて、そのときは『古本年鑑』だったのだが、翌日の会場からはすでに消え去っていた。
またあのガッカリの再現かもしれない、と、中央線の車中では魂が溶けかかりながら、しかし『古本年鑑』に較べればまだ脈がありそうだ、と己れを励まし、連日の西部展。
『尋常小学算術』第二学年児童用/上・下/文部省(日本書籍/昭和11・12)2冊840円。
『尋常小学算術』第四学年児童用/上・下/文部省(日本書籍/昭和13・14)2冊840円。
無事。
両学年の表紙のデザインは同一で、これは『多田北烏とその仕事』に載っていた第一学年もそうだったから、おそらく全学年で統一されているのだろう。
それならば昨日、この表紙を見た瞬間にピンと来てもよかったのだ。見ているつもりで見ていない。
まったくこの眼は思い込みに囚われて曇りやすく、何かがきちんと見えるまでに時間がかかりすぎる。
まあ、とにかく、ほッとしたところで、会場を散歩。
才谷屋書店の棚から『圏外遊歩』吉澤美香(岩波書店/2001)300円。画家のエッセイ集。吉澤氏の絵を見たことはないのだけれど、どこで読んだのか、その名前は記憶のどこかに引っ掛かっていたらしく、背表紙の著者の名前に(今日は)反応した。昨日は反応していない。
玄書房、雑誌や小冊子を集めた棚を、昨日は素通りしたのだけれど、今日はのんびり見分して、博文館の世界歴史譚第十五編『瑣克剌底』を引っ張り出す。ソクラテースを漢字で瑣克剌底と表記するとは知らなかった。いくら智者といえども、こればっかりは当のソクラテス先生も御存知なかったことだろう。著者、久保天隨。挿絵は中村不折。明治33年刊。200円。
ネルケンにて『尋常小学算術』をひもとく。
教科書をひらく瞬間に、こんなに胸が弾むのは生まれて初めての体験だ。
第二学年では散見される挿絵も、第四学年に進むとほとんど見られなくなる。教科書であって絵本ではないのだから、内容が高度になるにつれて、これは当然なのだろう。
こうなると、文字の一切ない、絵のみで構成されたという第一学年の上巻と、いつか必ず出くわしたいものですが、さて……。
ところで、今日買った『尋常小学算術』4冊には、いずれも裏表紙に〈臼井多喜子〉の記名がある。
第四学年の上巻まではお母さんが記していたようだが、四年生の下巻になると、多喜子さん、自分の名前は自分で書くようになったのだ、字体が急にぎこちなくなっている。
目的は達成したので、道草を食わずに下校しなければいけないのだが、小学生にとって駄菓子屋がそうであるように、私にはささま書店が光り輝く。
店内の文庫棚、中公文庫のなかで今まで見かけることのなかった『ある小説家の思い出』上・下/橘外男(中公文庫/昭和52)2冊630円を発見し、日立鉱山の鉄道史『鉱山電車むかし話』柴田勇一郎(筑波書林/昭和60)525円という興味深い1冊もあり、オマケは『うらない随筆』の著者でもある易学教授の『隠すれど色に出にけり』田畑大有(あまとりあ社/昭和36)210円。
【2024年2月追記】
その後、『尋常小学算術』第一学年児童用上下巻は入手に至りましたが、今しばらく先の出来事となります。
図録『多田北烏とその仕事』は、この日の日記の半年前、やはり古本ワンダーランドの会場で購入しました。
多田北烏と合わせまして下記ご参照ください。