【2011年5月27日/2023年3月追記】『東京食べある記』『女のシリ・シンフォニー』など

【2011年5月27日】
南部古書会館、五反田遊古会。
会場1階で長尾みのる『絵の中の放浪』(南北社)500円。
2階。取り急ぎ、今回の目録で「うひゃあ」とのけぞる出品をしてくれた3店の棚を探索する。
古書赤いドリル、『女のシリ・シンフォニー』(目録価格2000円)はあるか。無い。
月の輪書林、『茶烟亭燈逸伝』(3000円)……無し。
黒沢書店、『京阪盛り場風景』(3000円)と『京阪食べある記』(2000円)は? 無、無!
各冊ともに低廉な価格での出品だったから、やっぱり事前の注文が入ったみたいだ。
相場よりは安いと言ってもそれなりの値はするし、あればあったで悩ましい支払いが待ち受けているわけだから、無ければ無いほうが穏やかなのかもしれない。
などとおのれを慰めながら、まあしかし、赤いドリルの棚では丸尾長顕『女体美』(五月書房)、黒沢書店の棚では『京阪食べある記』の姉妹篇と言える松崎天民『東京食べある記』(誠文堂十銭文庫)を、どちらも500円で手に入れることができた。分相応というところだろう。
『東京食べある記』を見つけたまさに瞬間、すうッと横から魔の手、いや神の手か、が伸びてきてその小さな本をつかみ取った。危うく失神しそうになったのだが、必死に呪文を唱えると、まばゆい光を放ちながら元の場所に納まり返ったのであった。
ありあわせの呪文を持ち出すまでもなく、その『東京食べある記』は裏表紙は外れているし、本体もヨレヨレのボロボロだったから、神の手は見逃してくれたのだろう。
そんな状態だったから目録には取り上げられず、500円という安価で会場に放出されたのかもしれない。ヨレヨレで有難う。

松崎天民「東京食べある記」表紙
『東京食べある記』松崎天民

200円均一の棚から『社会部の屑籠』高村暢児(新書房)を追加して、最後にもういちど赤いドリルの棚を覗くと、不思議なことに『女のシリ・シンフォニー』岡田恵吉(学風書院)がそこにある。
実際は不思議でも何でもなくて、これはおそらく注文が入らずに会場に並んでいた本だった。それを一旦は確保した誰かが買うのをやめて返却したということなのだろう。
ただ単に先程は見落としていて気がつかなかったという線も有り得るが、その辺りかなりしつこく探したはずだからそれはないはずだと思う。
とにもかくにも、やはり魔法のような出現に、夢のようなうつつのような、今は左右に誰もいないから、心静かに手を伸ばし、シリ・シンフォニーの夢の完成なのである。2000円。

岡田恵吉「女のシリ・シンフォニー」表紙
『女のシリ・シンフォニー』岡田恵吉

神保町へ移動して次は東京古書会館の和洋会。
古書ふみくらの棚に平井房人『思いつき夫人』を見つける。戦前の朝日出版社版ではなく、昭和25年、都出版社版。1000円。
戦後の発行ということだからだろう、朝日出版社版『思ひつき』から『思いつき』へと題名の表記が新かなづかいに改められ、また「家庭報國」という角書きは省かれている。
新作というわけではなく、どうやら全3輯だった元版の縮約再刊ということのようである。
巻頭に掲載された「思いつき夫人の略歴」を見ると、映画、歌劇、家庭劇、レコード、さらに展覧会と、本を飛び出して八面六臂の活躍ぶりだ。思いつき夫人展覧会、どんな展覧会だったのだろう。
その他、『東京不連続線』寺田瑛(新世界文化社)1500円、『香具師奥義書』和田信義(文藝市場社)2000円、合わせて3冊。
ミロンガで珈琲。後ろの席の若い二人組が、なにやらこじれている。男「そうじゃないよ」、女「違う、違う」、午後3時の押し問答……。
もうしばらく店頭棚をうろついてから帰路に就く。

平井房人「思いつき夫人」表紙
『思いつき夫人』平井房人

【2023年3月追記】即売展会場を二巡三巡
古本のほとんどすべては現品1冊のみの販売です。
新刊書店のように同じ本が何冊も並ぶということはありません。
それですから当然、早い者勝ちということになります。
古本屋さんで周りに誰もいなければあわてる必要はありませんが、即売展や古本まつりなど他に多くのお客さんがいる会場では、少しでも気になる本があったらまずは手元に確保しておくというのが、基本かつ鉄則と言えるでしょう。
会計の直前に改めて吟味して、要不要を決定するという段取りです。
確保せずに通り過ぎてしまうと、後になってやっぱり欲しくなったからと引き返したところ、すでに他の誰かによって抜き取られていたという結果を招きかねません。
さっきはあったはずの本が見事に消えて無くなっている。その瞬間の喪失感はじつに古本哀歌です。
その反対もあるわけで、さっきは無かった本がいつのまにか返却されていることがあります。
ひとまず確保しておいた本を最後に手放すという人は、案外と多いのではないかと思います。
会場を一巡しただけで終わりにせず、もういちど巡り直してみると、思いがけない本とぶつかるということは確かにあります。
お客さんの数が多い初日の午前中は、特にその傾向が強いようです。
時間の許すかぎり、しぶとく、あるいはしつこく、二巡三巡することは決して無駄ではありません。
  ◇
誠文堂十銭文庫については下記ご参照ください。
【2010年3月12日/2022年12月追記】城南展と、@ワンダーで誠文堂十銭文庫
  ◇
平井房人『思ひつき夫人』は、改題版、再版を含めて以下の5冊が確認できています。
朝日出版社『家庭報國思ひつき夫人』第一輯~第三輯(昭和13~14年)
都新聞社家庭叢書『もの知り夫人』(昭和23年)
都出版社『思いつき夫人』(昭和25年)
平井房人については下記ご参照ください。
【2010年7月10日/2023年1月追記】古書愛好会と愛書会